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月と手袋
つきとてぶくろ
著者江戸川 乱歩
文字遣い新字新仮名
底本 「江戸川乱歩全集 第18巻 月と手袋」 光文社文庫、光文社
2004(平成16)年10月20日
初出「オール讀物」文藝春秋新社、1955(昭和30)年4月
入力者nami
校正者ニオブ
公開 / 更新2019-11-12 / 2019-10-28
長さの目安約 81 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

[#ページの左右中央]


*作中、ディクスン・カー著『皇帝のかぎ煙草入れ』のトリックに言及されています。未読の方はご注意ください。


[#改ページ]



 シナリオ・ライター北村克彦は、股野重郎を訪ねるために、その門前に近づいていた。
 東の空に、工場の建物の黒い影の上に、化けもののような巨大な赤い月が出ていた。歩くにしたがって、この月が移動し、まるで彼を尾行しているように見えた。克彦はそのときの巨大な赤い月を、あの凶事の前兆として、いつまでも忘れることができなかった。
 二月の寒い夜であった。まだ七時をすぎたばかりなのに、その町は寝しずまったように静かで、人通りもなかった。道に沿って細いどぶ川が流れていた。川の向こうには何かの工場の長い塀がつづいていた。その工場の煙突とすれすれに、巨大な赤い月が、彼の足並みと調子をあわせて、ゆっくりと移動していた。
 こちら側には閑静な住宅のコンクリート塀や生垣がつづいていた。そのなかの低いコンクリート塀にかこまれた二階建ての木造洋館が、彼の目ざす股野の家であった。石の門柱の上に、丸いほやの電燈がボンヤリついていた。門からポーチまで十メートルほどあった。二階の正面の窓にあかりが見えていた。股野の書斎である。黄色いカーテンで隠されていたが、太い鼈甲縁の目がねをかけ、ベレー帽に茶色のジャンパーを着た、いやみな股野が、そこにいることが想像された。克彦はそれを思うと、急にいや気がさして、引き返したくなった。
(あいつに会えば、今日は喧嘩になるかも知れない)
 股野重郎は元男爵を売りものにしている一種の高利貸しであった。戦争が終ったとき一応財産をなくしたが、土地と株券が少しばかり残っていたのが、値上がりして相当の額になった。それを元手に遊んで暮らすことを考えた。元貴族にも似合わない利口ものだった。日東映画会社の社長と知りあいなのを幸いに、映画界へ首を突っこんで来た。高級映画ゴロであった。そして映画人のスキャンダルをあさり、それを種に金儲けをすることを考えた。痩せ型の貴族貴族した青白い顔に似合わぬ、凄腕を持っていた。弱点を握った相手でなければ金を貸さなかった。それで充分の顧客があった。公正証書も担保物も不要だった。相手の公表を憚る弱点を唯一の武器として、しかし、月五分以上の利息はむさぼらなかった。彼の資産は見る見るふえて行った。
 北村克彦も股野の金を借りたことがある。しかし半年前に元利ともきれいに払ってしまった。だから股野に会うことを躊躇する理由はそれではなかった。
 股野重郎の細君のあけみは、もと少女歌劇女優の夕空あけみであった。男役でちょっと売り出していたのを、日東映画に引き抜かれて入社したが、出る映画も出る映画も不成功に終り、腐りきって、身のふりかたを思案していたとき、股野に拾われて結婚した。元男爵と財産に目がくれたの…

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