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猟奇の果
りょうきのはて
作品ID58467
著者江戸川 乱歩
文字遣い新字新仮名
底本 「江戸川乱歩全集 第4巻 孤島の鬼」 光文社文庫、光文社
2003(平成15)年8月20日
初出前篇 猟奇の果、後篇 白蝙蝠「文藝倶楽部」博文館、1930(昭和5)年1月~12月<br>「猟奇の果」もうひとつの結末「猟奇の果」日正書房、1946(昭和21)年12月
入力者nami
校正者入江幹夫
公開 / 更新2021-07-28 / 2021-06-28
長さの目安約 275 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

前篇 猟奇の果





はしがき

 彼は余りにも退屈屋で且つ猟奇者であり過ぎた。
 ある探偵小説家は(彼も又退屈の余り、此世に残された唯一の刺戟物として、探偵小説を書き始めた男であったが)この様な血腥い犯罪から犯罪へと進んで行って、遂には小説では満足出来なくなり、実際の罪を、例えば殺人罪を、犯す様なことになりはしないかと虞れた由であるが、この物語の主人公は、その探偵作家の虞れたことを、実際にやってしまった。猟奇が嵩じて、遂に恐ろしい罪を犯してしまった。
 猟奇の徒よ、卿等は余りに猟奇者であり過ぎてはならない。この物語こそよき戒である。猟奇の果が如何ばかり恐ろしきものであるか。
 この物語の主人公は、名古屋市のある資産家の次男で、名を青木愛之助と云う、当時三十歳になるやならずの青年であった。
 パンの為に勤労の必要もなく、お小遣と精力はあり余り、恋は、美しい意中の人を妻にして三年、その美しさに無感覚になってしまった程で、つまり、何一つ不足なき身であったが故に彼は退屈をしたのである。そして、所謂猟奇の徒となり果てたのである。
 彼はあらゆる方面でいかもの食いを始めた。見るものも、聞くものも、たべるものも、そして女さえも。だが、何物も彼の根強い退屈を癒してくれる力はなかった。
 その様な彼であったから、当然探偵小説という文学中でのいかものを耽読した。犯罪に興味を持った。そして、猟奇の徒が犯罪の一つ手前の刺戟物として、好んで試みる所の、例の猟奇倶楽部という、変な遊戯をさえ始めた。だが、これとても、結局は彼の退屈を一層救い難きものにしたばかりである。刺戟が強くなればなる程、一方ではそれを感じる神経の方で、麻痺して行くのだ。
 とは云え、犯罪以外の刺戟剤としては、この猟奇倶楽部が最後のものであった。
 そこでは、考え得るあらゆる奇怪なる遊戯が行われた。パリのグランギニョルにならった、血みどろで淫猥な小劇、各種の試胆会風な催し物、犯罪談、etc、etc。会合毎に当番が定められ、当番の者は、例えば「自分は今人を殺して来た」という様なことを、真面目くさって告白して、会員達を戦慄させ、仰天させ、アッと云わせる趣向を立てなければならぬのだ。
 段々種が切れて来ると、しまいには、会員を真底から戦慄させたものに、巨額の懸賞金をつける申合わせさえした。青木愛之助は殆ど彼一人でその資金を提供した。
 だが、この様な趣向には限りがある。青木愛之助が、如何に刺戟に餓えていたからとて、又彼がどれ程の賞金を懸けたとて、金ずくで自由になる事柄ではないのだ。
 遂に猟奇倶楽部も、趣向が尽きると共に、一人抜け二人抜け、いつ解散したともなく、解散してしまった。そして、そのあとには、前よりも一層耐え難い退屈丈けが取残された。
 作者が思うのに、これは当然のことなのだ。猟奇者が猟奇者である間は、永久に彼…

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