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畸形の天女
きけいのてんにょ
作品ID58487
著者江戸川 乱歩
文字遣い新字新仮名
底本 「江戸川乱歩全集11 化人幻戯」 講談社
1970(昭和45)年2月10日
初出「宝石 第八巻第十一号」1953(昭和28)年10月
入力者入江幹夫
校正者山田順子
公開 / 更新2026-07-28 / 2026-07-30
長さの目安約 35 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 宮城貿易商社々長、宮城圭助は、客の商談を熱心に聴いている顔をしながら、映画の二重写しのような感じで、まったく別のことを考えていた。
 何ヵ月もつづいて同じ場所を夢見ることがある。きょうもまた、あすこへ行くんだなと思うと、きっと、その同じ陰欝な、しかしふしぎな魅力のある場所へ来ている。何か怖いものが待ちかまえているような気がするけれども、それが出てくるわけではない。そして、どんな現実の場所よりも懐かしい。まるで母の胎内のように懐かしい。
 宮城圭助は、そういう懐かしい夢と同じものを人為的に作っていた。きょうはその夢の国に遊ぶ日であった。夢の国には「畸形の天女」がいる。彼女との逢う瀬を思うと、矢も盾もたまらない。四十五歳の商社々長の彼が、青年のように、矢も盾もたまらなかった。
 歯の質が弱いということは、その人間の犯罪的性格と何か因果関係があるのだろうか。宮城圭助は、いつもそれを考えた。彼が自由気儘な夢の世界を作り出すことができるのは、彼の歯が、手におえない虫歯だったからだ。そして、数年前から、総入れ歯になっていたからだ。
 客は、額に青筋を立てて、弁じつづけていたが、やっと話しおわると、
「そういうわけです。一つ好意あるご考慮を願いたい。僕の方では、社の浮沈に関する問題ですからね」
 と、宮城社長に哀願の眼を向けた。
「わかりました。できるだけ、ご希望に添うように考えてみます。よく相談して、二、三日うちに、こちらから、お電話しますから」
 立ちあがって、客を見送る用意をした。客はちょっと失望の色を見せたが、丁寧に挨拶して、もう一度哀願の目遣いをして、社長室を出て行った。
 宮城圭助は、それを見送ると、今の商談をまったく忘れ去ることにきめた。すべてを記憶していたのでは仕事ができない。覚えておくことと、忘れてしまうことを機敏に判断して区別けするのが、彼の商売上の習慣であった。
 それから、隅の席にいるタイピストに、簡単な手紙を三通ほど口述して、帽子掛けの前に行った。そこの鏡で、赤い糸のまじった派手なネクタイを、ちょっといじくり、目がねをかけなおしてから、合オーバーに手を通し、ソフトの前とうしろを両手で持って、丁寧にかむった。それから、デスクにもどって、一ばん下の大引出しから、ひどく大きな書類鞄を取り出して、大事そうに小脇にかかえた。宮城社長の大鞄は有名だった。彼の唯一の道楽は古本蒐集で、ひまさえあれば古本屋あさりをやった。そのとき次々と買い求めた古本を入れるための大鞄なのだ。社員や彼の友人は、その鞄の中にぎっしりつまった、珍らしい和本などを、自慢らしく見せつけられることが、よくあった。
 彼は、おじぎしているタイピストに、右手をあげて挨拶して、社長室のドアをひらいた。社員たちは、まだ仕事をしていた。机にかじりついているもの、電話で話しているもの、今そとから…

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