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『辞苑』跋
『じえん』ばつ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「新村出全集第九巻」 筑摩書房
1972(昭和47)年11月30日
初出「辞苑」博文館、1935(昭和10)年2月
入力者フクポー
校正者きゅうり
公開 / 更新2018-10-04 / 2018-09-28
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より


『辞苑』のここに完成を告ぐるに当つて一言述べたいと思ふ。
 顧みれば、近時、国運の急激なる進展に伴なつて幾多の新造語は誕生し、国語化せる外来語の激増亦とどまる所を知らず、又、吾人の煩瑣なる生活は、新旧広汎なる事項を包含する簡便化国語辞書を要求してやまない。換言すれば、新時代に適応する国語辞書は、従来の国語辞書に満足することを許さない。即ち一般大衆の要求する国語語彙の範疇は、普通にいふ所の国語語彙の蒐集にとゞまらず、人生に緊切なるすべての事項を包含し、これに拠つて、国語読本を容易に読解し、将又、新聞・雑誌上の事項を的確に会得し得るものでなくてはならない。而して一冊の辞書を以てして、この複雑した任務を遺憾なく果し得るものは、編者の寡聞なる、未だ之を発見するを得ない。これ、編者が本書を提供して批判を請ふ所以である。
 本書収むる所の語彙、実に十五万八千百六十四語、古語より現代語と、新古の国語化したる外来語とに及び、国語的語彙の外に百科辞彙語類の大概を網羅し、附録に「難音訓索引」「字音索引」「字音と国語との仮名遣表」「常用漢字・略字表」「国字表」「文法に関する数表」を添附して、国語学習の便に資してゐる。
 事項の広汎多岐なる、かくの如くなる以上、内容の周到なる検討と厳密なる校正、さては画図の作成、印刷上の工作等の完璧を期せんが為に、新進気鋭俊邁の士の助力を得るの必要を生ずるは、当然の事である。
 殊に、能勢朝次・三ヶ尻浩・久保寺逸彦・後藤興善・今井正視・竹内若子の六氏は、和衷協同、編者指導の下に、始終一貫、内容の検討と校正事務とを担当せられ、精進を継続すること多年、群書を渉猟して校合と討議とを重ね、精を練り慮を尽くし、今日の完成を見るに至る。又、博文館辞書編纂部員諸君は、衆心一体、校正と印刷の進捗とに鞅掌し、事務の観念を超越して奉仕を旨とし、家事を犠牲にして夜勤を重ね、執務の夜半に及ぶあるも、愉悦の色を湛へて、克己励精、専心一意我が『辞苑』完成の一日も早からんことを祈念するのみであつた。又、開明堂并びに共同印刷株式会社社員諸君は、献身的に組版及び印刷の事に従ひて万遺漏なきを期し、挿画に四本文雄外数氏、装幀に恩地孝四郎画伯の一方ならぬ努力を煩はした。編者は、これらのたふとく涙ぐましき黽勉と奮闘とに対して深甚なる謝意を表する。
 尚、終りに臨んで、この『辞苑』の誕生計画が、篤厚なる士の犠牲的精神に負ふことの多大なるものあるに拠ることを、特にここに附記して衷心より深謝の意を表する。(昭和十年一月)
(昭和十年二月刊『辞苑』)



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