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裸体美に就て
らたいびについて
著者小倉 右一郎
文字遣い旧字旧仮名
底本 「文藝春秋 第十三年第一號(新年特別號)」 文藝春秋社
1935(昭和10)年1月1日
初出「文藝春秋 第十三年第一號(新年特別號)」文藝春秋社、1935(昭和10)年1月1日
入力者sogo
校正者The Creative CAT
公開 / 更新2019-06-09 / 2019-05-28
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 近時我國婦人の身長が伸びて、プロポーシヨンが非常に能くなり、私共の學生時代に比して實に隔世の感があります。乍然、此婦人の身長が急に伸びたので、未だ歐洲人の樣に腰の幅の廣く無いのは寔に遺憾であります。此腰の幅を廣くする事、即ち太く逞しくする事は、仲々六ヶ敷い事ならんも、今後二十年も體育に努力する内には發達する事かと思ひますが、要は小學校や女學校の女子運動に希望を掛ける者であります。
 前述の如く、我國婦人の裸體はプロポーシヨンに於ては、歐洲婦人に比して一歩を讓るも、彫刻のお手本としては(近時モデルと呼ぶ言葉は一種の擯斥する樣に聞えますので、私は敢てお手本と呼ぶ事にして居ります)我國の婦人は誠に好適であります。繪のお手本[#「本」は底本では右に90度倒れている]としては、我國婦人の膚の色が、普通淡黄灰色で、白人に比しては一段も二段も見劣りがする樣で困りませうが、彫刻のお手本としては、我婦人の膚は「なめらか」で、即ち觸感に訴へて非常に佳である。此點彫像の凹凸に一層の變化を與へるから、面白味が加る故に、彫塑人には好適であると私は云ふのであります。歐洲婦人の膚はざら/\である、彼等は餘りに多毛性でもあるが故にや、初毛が太く聚生して居る爲にや、觸感によるとざら/\である。從つて見た感じが大あじで、艷すくなく、我國婦人の膚を見る樣に、艷々して「すべつこく」色感を言はぬ彫刻のお手本として、寔に申分の無い好いものであります。
 此意味に於て、我國彫塑家連は幸福であらふと思ふ者であります。只返すがへすも腰の幅の狹き事は、裸體美の上から見て痛恨事である。着衣の時と異り、裸像の時には腰が大きくないとみすぼらしくて仕樣がありません。其證據には近頃帝展の三部の裸體像を見ると、すぐお分りでせうが、細長ひ間伸のした裸體像が林立するのは、作者の不用意なばかりではありません。我國婦人が細長過ぎるので、つひ識見の無い作家は引きづられてあんな風に成るので有りませう。
 尚ほ婦人の裸體美は、處女よりは成女の方が勿論豐麗艷美であります。此事は、佛國の巨匠ロダン等も云はれる如く、男子を知り初めてより二三ヶ月後より半年位の間が最も美しい時であらう。處女の肉體は只堅くて、變化に乏しく、面白味が足りませんが、男を知りし女の肉體は、皮膚の下に脂肪が増し、色も稍や白味を加へ、艷々として光澤を放ち、從つて魅力を加へ、實に輝やかしく成ります。
 故に私は、必畢女子は、男子に依つて初めて肉體美を完成すると云へると思ひます。尤も六ヶ月以上も過ぎますと、段々惡くなりかけます。遂には見る影もなくなりますが、其頃何かの事情にて、男と離れて生活して居る婦人は、相當に長く美しい肉體美を持續して居る事を實驗して居ります。
 時々私共は、何故裸體の女をのみ作る者が多いかとの質問を受けますが、近時帝展等にて裸體女の林立には、同業者とし…

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