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おらんだにんぎょう |
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| 作品ID | 58555 |
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| 著者 | 山本 周五郎 Ⓦ |
| 文字遣い | 新字新仮名 |
| 底本 |
「美少女一番乗り」 角川文庫、角川書店 2009(平成21)年3月25日 |
| 初出 | 「少女倶楽部増刊号」 1938(昭和13)年10月号 |
| 入力者 | 特定非営利活動法人はるかぜ |
| 校正者 | noriko saito |
| 公開 / 更新 | 2026-08-16 / 2026-08-16 |
| 長さの目安 | 約 21 ページ(500字/頁で計算) |
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一
寛文十一年九月十二日。芝愛宕下にある金森飛騨守の邸では、朝から人の出入りも物々しく、足軽や小者たちまでが何か心配そうにひそひそとささやきかわしていた。――それは主君飛騨守頼宗が、前月のはじめに発病したまま、この二、三日殊に危篤の様子だったからである。
午さがりになると、麻布から御分家の金森頼母が駕籠で駆けつけて来た。玄関へ出迎えた家老の相良外記は、
「直ぐに御病間へ、――」
といって、あわただしく案内に立った。
本殿奥の病間には、重臣の藤田中書、河原三十郎、添上靭負、瀬越六兵衛、松村伊太夫の五名が詰めており、――頼宗の側にはお気に入りの中小姓高村数馬と、御右筆の鈴木伝右衛門が控えていた。
外記は頼母を導いて進み、
「麻布様お見舞いにございます」
といった。
頼宗は頷いたまま右筆の伝右衛門に、
「――書けたか」
「はっ、認め終わってございます」
「見せい」
右筆の差出す紙を、苦しげに読み下したが、やがてそれを巻納めると、
「これを密封致せ」
と命じた。
右筆の伝右衛門は即座にその書状を密封して差出す、頼宗はその封じ目へ朱印を捺してから、集まっている家臣の方へ向直った。
「余もこの度は本復覚束なしと思う、それについて家督相続の事を、ただ今これに遺言として認めさせた、――一同これに署名のうえ、違背せぬという血判を押せ」
「…………」
「伯父上の仰せながら」
頼母が面をあげていった。
「御遺言の次第を読み聞かせて頂けませぬか」
「ならぬ、ならぬ!」
頼宗はきっぱりとはねつけた。
「余が死んだら開封せい、それまでは何者たりとも見てはならぬ、――数馬、一同に血判させい」
「ははっ」
数馬は密封した御遺言書を受取って、家老相良外記はじめ列座の人々に、署名血判させて廻った。――それが済むと頼宗は、
「この遺言は、板倉内膳殿に預けて置く、余が死んだら内膳殿立会いのうえ開封するがよい、繰返して申すが何者たりとも違背する事は相成らんぞ、――数馬」
「ははっ」
「その方これを持って、直ぐ板倉殿へ参れ、注意して行けよ」
「承知仕りました」
数馬は辷るように御前を退った。
家督相続についての遺言、――それはいま金森家の重大な問題だった。頼宗には満里子という十五歳になる姫があるだけで、世継ぎとすべき男子がなかった。それで重臣たちは、分家である麻布の金森頼母の子、大三郎を養子にしようという案を立てていた。しかし頼宗は頼母が本家四万五千石の家を狙って、以前から善からぬ事を企んでいる事を知っていたので、大三郎を養子にする事は絶対に反対していたのである。
――この御遺言書こそ大切だぞ。
高村数馬は深く心に期する事があったとみえて、御前を退るとそのまま、邸内にある自分のお小屋へ立寄った。
「おや、お退りか」
母は出迎えながら、
「お上の御容態はどうあるぞ」…