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蒲生鶴千代
がもうつるちよ
作品ID58556
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「美少女一番乗り」 角川文庫、角川書店
2009(平成21)年3月25日
初出「小學六年生」小学館 、1940(昭和15)年10月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者noriko saito
公開 / 更新2022-12-21 / 2022-11-26
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 美濃の国岐阜の城下に瑞龍寺という寺がある。永禄、天正のころに南化和尚という偉い僧がいて、戦国の世にもかかわらず、常に諸国から文人や画家の集まって来るものが絶えなかった。……殊に織田信長が岐阜城を築いてからは、旗下諸将の信仰も篤く、その方丈は毎日和尚の徳を慕って来るこれらの人たちで賑わっていた。
 永禄十一年の秋のことであった。
 数日前から滞在している里村紹巴という有名な連歌師を中心に、瑞龍寺で志ある人々が集まって歌の会を催していると、一人の見馴れぬ武士が和尚を訪ねて来てその席に加わった。
「これは私の古い知人で、斎藤内蔵助という人です。どうぞこの後よろしくお附合い下さるように」
 南化和尚がそういってひきあわせると、中には知っている客もあって互いに挨拶を交わしなどした。
 斎藤内蔵助は名を利三といって、美濃の国曾根の城主、稲葉一鉄とは婿舅のあいだがらにあったが、訳あって稲葉家を去り、当時浪人の身の上であった。……後に明智光秀の家臣になって亡びたが、武将としては優れた人物で、若しよき運に恵まれていたら、大大名として名を成したに違いない。有名な春日局は内蔵助の孫である。然しむろんその時はまだ明智氏とも関わりのない浪人者であった。
 内蔵助は黙って静かに歌の会を見ていたが、そのうちにふと、集まっている客たちの中に、まだ十三、四歳と見える少年が一人まじっているのをみつけた。……人がなにかに驚くと、先ずなにより先にそれが眼の光にあらわれる。その少年をみつけた時の内蔵助の眼がちょうどそうだった。そしてながいこと、じっとその少年の様子を見まもっていた。
 やがてみんなの歌が出来ると、それを紹巴の前へ集め、揃ったところで一首ずつ読みあげて優劣をきめることになった。その時の題は「落花随風」といって、風にしたがって散る花の風情を詠むのであったが、だんだん読みあげてゆくうちに、ずばぬけて上手な一首が出て来た。それは、
雲か雪かとはかり見せて山風の花に吹き来つ春の夕暮
 というので、一座の人々も紹巴もその素直な詠みかたに感心した。そこで作者を調べてみると、意外にも内蔵助がさっきから眼を惹かれていた少年だということが分かった。
「やあ、またしても鶴千代どのか」
「今日こそ手前が秀逸をと思いましたのに、いつも鶴千代どのにさらわれるのは残念ですな」
「これでは大人の面目が潰れてしまう」
 みんなが口々に褒めるのを聞きながら、鶴千代と呼ばれた少年は自慢らしい様子も見せず、といって別に恥ずかしがる風もなく、片頬に静かな微笑をうかべているだけだった。
「あれはどういう子供ですか」
 内蔵助はそっと南化和尚に訊ねた。
「お眼にとまりましたか」
 和尚はその問いを待受けていたように、
「あれは日野城の蒲生賢秀どののお子で鶴千代どのと申されます。この春から人質として岐阜城に来て居られるが、…

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