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歔欷く仁王像
すすりなくにおうぞう
作品ID58557
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「美少女一番乗り」 角川文庫、角川書店
2009(平成21)年3月25日
初出「少女倶楽部」大日本雄辯會講談社、1938(昭和13)年6月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者noriko saito
公開 / 更新2026-02-14 / 2026-02-13
長さの目安約 29 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 ――まあ、なんて清吉は色が白いのだろう。
 黴臭い匂いのこもった土蔵の二階である。鎧櫃や長持や用箪笥を積重ねた狭い片隅に、じっと身をひそめていたお通は、今しも階下から自分を捜しに来た清吉の姿を、そっと覗きながら口の内で呟いた。
 ――眼も大きくて綺麗だし、髪も漆のように艶々と美しいし、まるで女の子みたいだわ。
 しかしそういうお通も近所で評判の縹緻好しだった。……日本橋通油町で有名な骨董商、和泉屋治兵衛の一粒種で今年十三歳、下ぶくれの京人形のような面差しに、大好きな唐人髷がよく似合って、伝説の赫夜姫とはこういう美しさかと思われるくらいであった。
 清吉は二つ違いの十五、お通とは従兄妹同志に当たる孤児で、十の年から店へ引取られ、小僧たちと一緒に働いている、口数の少ない利口な性質で皆からも可愛がられていたが、殊にお通はいつも側から離さず、双六だの手毬だのと、なくてはならぬ遊び相手にしていた。……今日もこうして朝から、子供のように隠れんぼうをして遊んでいるのだった。
「変だなあ、ここじゃないのかしら」
 捜しあぐねて清吉が呟いた。
「たしかに二階へ来たと思ったんだけど」
「…………」
「店土蔵の方かしら」
 お通はおかしくて堪らず、我慢に我慢をしていたけれど、清吉のいかにも困った顔つきを見ると、とうとうぷっと笑い出してしまった。
「あ、みつけた」
「ほほほほほ、駄目よ駄目よ」
 お通は隠れ場所から出て、甘えるように清吉の手を握って振りながら、
「今のはあたしが笑ったからみつかったのだわ、清吉ったらわざと困った風をするんですもの、おかしくって駄目よ」
「そんな事ってありませんよ」
 清吉は恥ずかしそうに握られた手を放して、
「独り言を言っちゃいけないって定りはありませんからね、笑ったのはお通さまが悪いんです、今度は清吉が隠れますからお通さまはここで六十数えるんですよ」
「ずるいわ、今のは清吉が悪いのよ」
「じゃ今度はお通さまもなさればいいでしょう、さあ隠れますよ」
 そう言い捨てると、清吉は走るように階下へ降りて行った。
 もう大抵の所は隠れ尽くしている、清吉は土蔵に出るとしばらくあちらこちらと選んでいたが、中の間、――店と奥とのあいだにある部屋で、鎧道具や刀剣などが並べてある、そこへ来たときふと櫃の上に飾ってある大鎧に眼をつけた。
「そうだ、あの中がいい」
 頷いて、手早く鎧を取下ろし、それを身に着け、冑を冠って櫃の上へ胡坐をかいた。――それとほとんど同時に、店の方から人の来る足音がして、すっと襖が明いた。
 ――もうお通さまが来たのか?
 と冑の眉庇の下から見ると、入って来たのは番頭の藤兵衛と、お出入り屋敷である島津家の用人津田直記の二人であった。
 ――これは困ったぞ、やかまし屋の番頭にみつかったら呶鳴られるに違いない、お通さまが来なければいいが……。…

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