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半化け又平
はんばけまたへい
作品ID58560
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「美少女一番乗り」 角川文庫、角川書店
2009(平成21)年3月25日
初出「少女倶楽部」大日本雄辯會講談社、1936(昭和11)年11月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者noriko saito
公開 / 更新2022-12-27 / 2022-11-26
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 がちゃん!
「おや、またやっちゃった」
 下女のお松が恨めしそうに、洗い桶の中から縁の欠けた茶碗を取出した。
「どうしてわたしはこう運が悪いのだろう、皿でも茶碗でもわたしが触りさえすれば欠けてしまう。今朝からもう五ツも壊しちゃった。とてもこれでは凌ぎがつかない」
 溜息をついていると、
「お松さんまた出来たね」
 と水口からのぞいた者がある。
 色白の眉の濃い、口許のしまった立派な人品だが、どこかに間の抜けたところがあるのと、いつもえへら笑いをしているのとで、「半化け又平」と呼ばれている下郎又平であった。半分だけ人間に化け損ったという意味の綽名である。
「ああびっくりした」
 お松は眼をむいて、
「気味が悪いよ又平さんは、わたしが茶碗を欠きさえすればきっと嗅ぎつけてやって来るんだね。本当に妙な鼻だよ」
「鼻じゃない耳さ、えっへへへへ」
 又平はだらしのない声で笑った。
「武士は轡の音で眼を覚まし、又平は茶碗の欠ける音で駆けつけるってな、諺にもあるだろう」
「そんな話は聞いたこともないよ」
「ところで今度は何だね」
「この茶碗さ」
「えっへへへ有難え、貰っておくぜ」
 又平は欠け茶碗を押し戴いた。
「変だよ、全く変だよ又平さんは。いったいそんなに欠け皿や欠け茶碗を持って行って何にするのさ」
「これがおいらの道楽さ。欠けっ振りのいい皿や茶碗を集めて、じっとこう眺めている気持は何とも言えねえ味なんだ。どうかこれからもせっせと欠いておくんなさい」
「馬鹿におしでないよ」
 お松はぷんぷん怒っている。又平は愛想笑いをしながら立去った、――この有様をさっきから、厨の前を通りかかったこの家の娘椙江が見ていた。そして又平の足音が遠のくと、そっと入って来て、
「お松――」
 と声をかけた。
「あ、まあお嬢さま」
「そんなに驚かなくてもいいわ。いまおまえ又平と欠け茶碗がどうかしたとか話していたようだけれど、あれは何のことなの?」
「はいお嬢さま、あの又平はずいぶんおかしな人で、わたしが粗相をして欠いたお皿やお茶碗を集めているのでございます」
「何にするんですって……?」
「道楽だと申しております。欠けっ振りのいい皿や茶碗を並べて、じっと眺めていると嬉しくなるんだなんて、本当に半化けは半化けらしいことを申します」
「お黙りなさい」
 椙江はきつい調子で、
「又平は下郎でも男です。女のおまえがそんな悪口を言ってはなりません」
「はい、すみません」
「それから、こんなことは誰にもおしゃべりをするんではありませんよ」
 そうたしなめておいて椙江は去った。
 ここは播州姫路の城下、八重樫主水の道場である。主水は古中条流の剣法をもって当代の達人と言われる人物、家臣でこそないが領主池田侯から年々五百俵ずつ手当てを受け、家中の武士に指南をしている。もっともこれには条件があった。それはい…

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