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![]() びしょうじょいちばんのり |
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作品ID | 58561 |
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著者 | 山本 周五郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「美少女一番乗り」 角川文庫、角川書店 2009(平成21)年3月25日 |
初出 | 「少女倶楽部増刊号」大日本雄辯會講談社、1938(昭和13)年4月号 |
入力者 | 特定非営利活動法人はるかぜ |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2025-01-01 / 2024-12-31 |
長さの目安 | 約 22 ページ(500字/頁で計算) |
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一
「――えイッ」
叩きつけるような気合と共に、空を切って白刃がきらめき、人影が入り乱れた。
「えイッ、とうッ」
「わあっ」
凄まじい絶叫と悲鳴が聞こえ、小具足を着けた追手の武者三人が斬倒された。――残る一人が思わずたじろぐ隙に、追われている若い武士は身を翻えして楢林の斜面へ駆登って行く。
「待て、逃げるか、卑怯者ッ」
ただ一人残った追手の武者は、うわずった声で叫びながら猛然と追った。
ここは飛騨と信濃の国境、深い渓谷と密林と断崖に阻まれて、昔から人跡まれな「摩耶谷」の山中である。――槍岳を主峰とする連山は、初夏というのに残雪を頂き、麓の樹々もまだ水々しい銀鼠色の若葉で、その枝葉がくれに駒鳥やかけすや藪鶯などが、美しい羽色を誇らかに鳴き渡っている。……この平和な、寂とした林間を縫って、今しも二口の白刃が眩しく陽にきらめきながら、山の尾根へ走り登って来た。
「待てッ卑怯者」
追手の武者は再びわめいた。
「敵に後ろを見せて、それでも武士か」
「――――」
追われている若い武士が、その一言で思わず立ち止まる、刹那! 追い迫った武者は、真っ向からだっと斬りつけた。双方ともすでに疲れ果てていた、若い武士は体を開いて、右へ避けながら相手の脇壺へ力任せに一刀、深々と斬込んだ同じ刹那に、相手の剣もまた若い武士の高腿を十分に斬っていた。
「あっ」
「うーッ」
ほとんど同音に呻きながら、追手の武者はそこへ顛倒し、若い武士はがくんと横へのめる、その足を踏外して急斜面を、摩耶谷の方へ烈しく辷り落ちて行った。
何の手懸りもない崖だ、砕けた岩屑と共にだあっと四、五十米ころがり落ちると、下に茂っていた灌木林の中へ強かに抛り出された。――高腿に重傷を負っているうえに、岩の尖りで体を打ったから、しばらくは身動きも出来ず、萌え出した下草を掴んで呻くばかりだった。
しかし間もなく、若い武士はきっと顔をあげた、がさがさと灌木を踏分けて、こっちへやって来る妙な物音が聞こえたのだ。
――追手か?
と半身を起こしたが、
「あ! 熊、熊――」
と色を変えた。
灌木を踏みしだきながら、身の丈に余る一頭の大熊が、鋭い牙を剥出し、無気味に唸りながらこっちを狙っているのだ。――若い武士は脇差の柄に手を掛けながら、必死になって起上がろうとした、と見るなり、熊は凄まじくほえると、いきなり後ろ肢で立上がって襲いかかろうとした。
――駄目だ!
絶望の呻きをあげて脇差を抜放つ、ほとんど同時に、下の森の中から、
「五郎ッ、五郎ッ、お待ち」
帛を裂くような叫びが聞こえて、熊はぴたりとそこへ踏止どまった。
「何をするんです、また弱い仲間をいじめているんでしょう。悪さをするとお弓は承知しませんよ」
そう叫びながら、檜の密林の中から一人の美しい少女が跳び出して来た。――年は十五、六であろう、山桃の…