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身代り金之助
みがわりきんのすけ
作品ID58563
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「美少女一番乗り」 角川文庫、角川書店
2009(平成21)年3月25日
初出「少女倶楽部」大日本雄辯會講談社、1939(昭和14)年2月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者noriko saito
公開 / 更新2026-05-25 / 2026-05-24
長さの目安約 25 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「やあ! えいッ!」
 かけ声だけは勇ましいけれど、腰がきまっていないので槍先はふらふらだった。勢い込んで突っかけたのが桶側胴をつるりと滑って、
「――あっ」
 というとそのままつんのめって行って、生垣の中へ頭から半身を突っこんでしまった。
 金之助はもう少しでふきだしそうになったが、亀の子のように手足をばたばたさせてもがいている慶太郎のすがたを見ると、そのまま放ってもおけないので後ろから行って引出してやった。慶太郎はぺっぺっと唾をしながら、真っ赤になって呶鳴りたてた。
「馬鹿、間抜け、貴様はおれをわざとつきころばしたんだろう」
「とんでもないことです、私は若様のおっしゃる通りちゃんと動かずに立っていました」
「嘘だ嘘だ、おれが突っかけた時貴様は体をひねったじゃないか。でなくっておれがころぶわけがないじゃないか。貴様は始めからおれを突っころばすつもりでいたんだ」
「私はそんな卑怯なことはいたしません」
「なにッ、卑怯だと!」
 怒りだすと言葉の区別もつかなくなる若様である。いきなり拳を振上げて金之助の頬をなぐりつけた、――さすがに金之助も顔色を変えたが、こんな時に少しでもさからったり、拳を避けでもしたらなおさらひどいことになるのを知っていたから、じっと歯をくいしばって我慢していた。
 力まかせに四つ五つなぐった時、
「慶太郎、何をいたす!」
 大声にいいながら与右衛門が近寄って来た。
 榊原与右衛門はこの三河国嵩山城で、「一本榊」と異名を取った旗頭である。智勇兼備の武士で、城代松平兵部の右腕といわれる人だった。慶太郎はその一人息子で、これはまたひどくわがままな乱暴者である。そしていつもそのわがままのお相手をするのが金之助であった。――金之助は与右衛門の郎党の子で、慶太郎と同じ年の十五歳であるが、数年前に父が死んでから、病身の母をまもって孝養怠らぬおとなしい性質の少年だった。
 おとなしいからよけいにわがままのお相手を申しつけられるのであろう、今も槍の稽古をするからというので、具足を着せられて庭隅へ立たせられ、慶太郎の槍の稽古台になっていたのだ。
「なぜ人をなぐったりする」
 与右衛門は近寄って来て叱りつけた。
「いつも乱暴をしてならんと申し聞かしてあるのに、なぜいうことをきかないのだ」
「金之助が悪いからです」
 慶太郎は頬をふくらせて、
「槍の稽古をするからちゃんと立っていろというのに、私が突いて行ったらわざと体をかわしてころばしたんです」
「何をいうか、槍の稽古をするなら互いに槍を持って立合わなければならぬ。ただ立っている相手を突いたところで稽古にも修練にもならないではないか。またたとえ体をかわしたからといって、それでころぶのは自分が未熟だからで、金之助をなぐる理由は少しもないぞ」
「でも、動かない約束なんです」
「それなら石地蔵でも相手にするがよ…

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