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プウルの傍で
プウルのかたわらで
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「中島敦全集 3」 ちくま文庫、筑摩書房
1993(平成5)年5月24日
入力者渡辺奈穂美
校正者坂本真一
公開 / 更新2018-05-05 / 2018-04-26
長さの目安約 34 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 グラウンドではラグビイの選手達が練習をしていた。彼等は黒地に黄色の、縞のユニフォオムを着けていた。それは何となく蜂のような感じを与えた。次から次へと球を渡しながら、十人ばかり横に並んだのが一斉にグラウンド一杯に走り出して、パススィングの練習をはじめた。と、又、それが密集してドリブルの稽古に移ったりした。陽は斜めに、丘の上にある昔の韓国時代の仏蘭西領事館の赤い建物の上に傾いていた。まだ暮れるには間があった。
 グラウンドに続いた丘を少しのぼると、そこには小さなプウルが出来ていた。三造が此の中学校の生徒だった頃、そこは確か葱畑であった。教練を済ませて、鉄砲の油と革の交った匂をかぎながら、銃器庫の方へ帰って行くとき、彼はいつも、その場所に、細い青い葱が植わっているのを見たようであった。それが今はプウルになっている。ごく最近出来たものにちがいなかった。二十五米に十米の小さなプウルであった。周囲にはずっと丸い石が敷かれていた。水はあまり澄んでいなかった。コオスの浮標はみんな上げられて、石の上に長々と伸びていた。真黒な顔をした、三造よりもずっと大きな中学生が一人立っていた。上は海水着で、下は制服のズボンをつけていた。三造が近づくと、その少年は一寸頭をさげた。
「先輩ですか?」
「ええ」と、答えて、三造は一寸気恥ずかしいものを感じた。
「もう、ウォオタア・ポロの練習もすんだですから、どうぞ、泳がれてもいいです。」
 その、ぶきっちょな、何処か兵営での、それに似た言葉遣いが、三造に、彼自身の昔の、この学校での生活の匂をひょいと嗅がせるのであった。彼は返事を口の中でしながら、それでも上着のボタンを外しにかかった。自分の生っ白い、痩せた身体が、その中学生に対して恥ずかしかったので、着物を脱ぐと彼は直ぐに水に飛込んだ。水はなまぬるく、そして意外にも浅かった。彼のせいが丁度立つ位であった。こんな丈の立つ所で、ウォオタア・ポロの練習が出来るのかしらん。彼はそれを言おうと思って、上にいる、さっきの中学生の姿を求めた。少年は、だが、最早居なかった。ラグビイの方でも見に行ったのであろう。三造は水の上にあおむけに寐て浮んだ。彼は深く息を吸った。空は青かった。そろそろ夕方らしい透った藍色が加わって、その隅っこに、黄色く陽に染った小さな雲の一片が浮いていた。彼はフウーッと息をはいた。生ぬるい水が耳のあたりをぴちゃぴちゃ音をたてながら、くすぐっていた。彼はじっと眼を閉じた。まだ身体がゴトゴト揺れているように感じていた。この一週間ほど、毎日汽車に揺られ続けていた其の感じが未だに残っているのであった。満洲旅行からの帰途、道を朝鮮に取った三造は八年ぶりで京城の地を踏んだ。そうして真先に、自分が四年の月日を其処で過した中学校の庭を訪れて見たのである。
 一昨日の真昼、奉天駅の待合室は堪えがたく暑か…

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