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一家
いっか
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「中野鈴子全詩集」 フェニックス出版
1980(昭和55)年4月30日
初出「大鼓 第一巻第一号」現代文化社、1935(昭和10)年11月1日
入力者津村田悟
校正者夏生ぐみ
公開 / 更新2018-10-11 / 2018-09-28
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より


わたしの祖先は代々が百姓であった
八町はなれた五万石の城下町
ゆきとどいた殿様のムチの下で這いまわった
少しのことに重いチョウバツ
百たたきの音が夜気を破った

天保に生まれた祖父はいつも言った
百姓のようなつらい仕事があろうか
味無いもの食って着るものも着ず
銭ものこらん
金づちの川流れだ

わたしの父母は五人の子供を育てた
父母は子供を百姓にさせる気はなかった
二人の男の子は五つ六つから朝晩瀬戸の天神様へおまいりした
小学校を出ると学校へ入るためにズッと村をはなれた

一番目の息子は彼が二十年近くの学校生活を終えたとき
父親の油と汗、いくばくかの田地にすりかえられている自分を発見した
彼は父親の血肉と一家のたてなおしを背負って外国に仕事を見つけ海を渡った
慣れぬ異国の風は日ならずして彼をたおした
はるばる父がかけつけたとき、彼は骨になっていた

二番目の息子は休みに村へ帰っても浮かぬかおして黙っていた
そのうち 治安維持法で監獄へ入った
父母は絶望しかなしみ、門の戸を締め村人の目をさけた

町の質屋へ嫁入った上の娘のわたしは
換算される毎日の利上げが
いやらしきことの目盛りのように思われ、堪え切れず兄を頼って上京した

まん中の娘は、おとなしく美しかったが
肺をこわし 死んだ赤ん坊のあとを追った

二番目の息子が再び捕まった
こん度は父母はただかなしまなかった
決心の色をあらわし村人の白眼の中で田圃を打った
新しい別なのぞみが培われていた

いま次男と長女はそのまま帰らず
長男となかの娘は村の墓穴
小地主のあととりに嫁いだ末娘は封建的重みと生活の不安定のなかに円い体が痩せおどおどしている

門の柱はくさり 倉の壁はくずれる
仏壇の中でネズミがあばれまわる
肥っていた父の皮膚はたるみシミがふえている
目の光りは消え 歩く足下がふらつく

母のおとがいがとがり 髪がちぎれ
しゃべる言葉はみな泣き声と変らぬ
日々 借金の利上げに追われ
年々 思いがけぬ不幸が形を変えてあらわれる
ひさしの深い納屋の奥に
父母はだんだんおとろえてゆく

彼らはおとろえる
だがいま おとろえる体内に新しい考えがつよまってゆく
息子、娘の上に期待をつなぐ
薄くなった目を見開いた老いの身をふりかざしている



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