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小林多喜二のお母さん
こばやしたきじのおかあさん
作品ID58599
著者中野 鈴子
文字遣い新字新仮名
底本 「中野鈴子全詩集」 フェニックス出版
1980(昭和55)年4月30日
初出「ゆきのした 第四号」1952(昭和27)年5月1日
入力者津村田悟
校正者夏生ぐみ
公開 / 更新2018-02-20 / 2018-01-27
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

小林多喜二のお母さん
あなたの長男である多喜二さんが死なれてから
十九年の日が流れています
そして
あなたは八十才になられました
この十九年の年月は
お母さんにとって
どのようなものでありましたでしょう

戦争が敗けて
日本共産党の人たちが赤い旗をかかげて
刑務所から出てきた時
あなたの喜びとかなしみはどんなでありましたでしょう
その人たちが子供も育っている家庭を形作っているのをながめられたときの
あなたの気持ちを思います
お母さん
多喜二さんがはじめて上京されたのは
昭和五年の一月でした
かがやかしい文学的抱負にもえ
お母さんを伴って上京されました
吹雪の北海道から
晴れ上がった東京へ来られた時
お母さんはしあわせに思われたでしょう
或る夏のあつい日にお訪ねすると
裸で原稿を書いておられる 多喜二さんの背中を
お母さんはウチワで風を送っていられました
下積みのくらしのほこりの中に
愛と働きとを一すじに堪えてきた
やさしい目 力をこめた骨ばったアゴ 肩 手

勤労と献身の愛の中に
あなたの息子は
チビタ下駄 破れたマント
こごえた手に 息を吹きながら育って行った

一文菓子やの ガタガタ と窓ガラスが鳴る 半こわれの二階の雪あかりの中で
多喜二さんは たくさんの文学をよみながら 学びながら
作家になる志をつよめてゆかれ
そして書きはじめた

多喜二さんが五つの時
生まれた秋田の村から北海道へ移民に出かけた日の
淋しい親子の姿
死んだお父さん トロッコを押したお母さん
すぐに空になった米ビツのこと
そして
次々と 書きすすんでゆかれた
三・一五 カニ工船 不在地主 地区の人々 党生活者

これらの作品は
世界プロレタリアートの起ち上がりを駆り立てています

人間のふしあわせは 働いても働いても食えないということも
一握りの人間の権力がたくさんの人間を
一束にして圧しつけているということのためであって
この一握りの横着非道な権力を
たおしつぶしてしまわない限り
一つのかけら石をも とりはらうことをできないということ
しかも一つのかけら石をとりはずすためにも
命をかけて起ち上がらねばならないということを
多喜二さんは その作品の中に
実際の行いの上に生かし示されたのです

多喜二さんは
お母さんを一人のこして
もう家に帰って来なくなりました
お母さんはねむられぬ夜を重ねられたことでしょう

そして一か年近く
あの二月二十日に
こめかみに穴をあけられ
首にナワのあと
胸はしぼりつり上げられ
逆さに折れた指
ケリふみにじったモモ足
血管はくだかれ
むごたらしい死体となった多喜二さんを
みなければならなかった

お母さん
小林多喜二のお母さん
あなたは八十になられました
何とお年よりになられたのでしょう
あなたはいま
娘さんの嫁入り先の北海道に かぼちゃを作っていられま…

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