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大根の葉
だいこのは
著者壺井 栄
文字遣い新字新仮名
底本 「大根の葉・暦」 新日本文庫、新日本出版社
1980(昭和55)年1月20日
初出「文芸」改造社、1938(昭和13)年9月
入力者諸富千英子
校正者芝裕久
公開 / 更新2020-06-23 / 2020-05-27
長さの目安約 51 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 健のお母さんは、今夜また赤ん坊の克子をつれて神戸の病院へ行くことになっている。健はどうにかしてお母さんについて神戸へ行きたいと思うのだったが、お母さんはどうしても、よい返事をしてくれない。部屋いっぱいに並べられた着類や、手まわりのものなどを大きな柳行李に入れたり、またそれを取り出してつめかえたりしているお母さんのそばにつっ立って、健はふくれかえっていた。いつだって、どこへ行くときだって、お母さんは克子をおんぶして、健の手を引いて出かけた。お祭りに行ったときも、学校の運動会のときも、いっしょにつれて行ってくれた。それなのに神戸へはどうしてもつれて行ってくれない。この前のときにも、そしてまた、こんども克子だけをつれて行って、健は隣り村のおばあさんの家で留守番をしておれというのだ。健は不平でならなかった。自分はまだ一ぺんも汽船に乗ったことがないのに、克ちゃんは赤ん坊のくせに、もうこれで二へんも乗るのだ。健はどうしても汽船に乗ってお母さんに手をひかれて神戸へ行きたかった。
「なあ健、お土産買うてきてやるせに、おもちゃや、バナナや、な。かしこいせに健、おばあさん家で待っちょれよ、え。」
 お母さんは何べんめかの言葉をくりかえし、荷づくりの手をやめて健の顔を見つめた。
「ええい。健も神戸い行くんじゃい。」
 健も何べんめかの口ごたえをした。こんりんざい、おばあさん家へは行くまいとするかのように、肩をゆすって一歩すさった。
「ふむ、ほんな、健はもう馬鹿になってもえいなあ。」
 お母さんは向きなおって、健に膝をよせた。
「ん、馬鹿になってもえい。」
「そうか、ほんな健は馬鹿じゃ、今ま半べのような馬鹿になる。それでも、えいなあ。」
「ん、えい。」
 健はつねづね馬鹿になるのが、ひじょうにいやだった。半べという馬鹿の大男がのっしのっしと終日、村中をほっつきまわっているのが世の中で一ばん恐ろしかった。半べのようにならないためにでも、健はお母さんのいうことをきき、お使いをしたり、いたずらをやめたりした。だが、今日はちがう。お母さんといっしょに神戸へ行けるなら、あとで半べになってもいいと思った。お母さんは、きまじめな顔をしている健を見、そして笑いだした。
「健、そんなに神戸い行きたいか。」
「ん、行きたい。健、行きたい行きたいんで。船にのってな。」
 健はじぶくれた顔をゆるめ、お母さんを見て笑った。
「困ったなあ、健は馬鹿になってもえいというし。」
 お母さんは、またもとへ向いて荷づくりをはじめた。健は目をぱちぱちしながら、いそがしく動くお母さんの手もとを見ていた。だが、やっぱり行李の中へは克ちゃんの洋服と着物と、それからお母さんの着物や羽織や、新しい毛糸の束などを、たくさんつめこんで蓋をしてしまった。そして、健の着がえの洋服やエプロンは別の風呂敷に包んだ。それを見ると、健は…

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