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帝室論
ていしつろん
作品ID58605
著者福沢 諭吉
文字遣い旧字旧仮名
底本 「福澤諭吉全集 第5巻」 岩波書店
1959(昭和34)年8月1日
初出「時事新報」時事新報社、1882(明治15)年4月26日~5月11日
入力者小澤晃
校正者フクポー
公開 / 更新2021-01-10 / 2020-12-28
長さの目安約 53 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

帝室論緒言
 我日本の政治に關して至大至重のものは帝室の外にある可らずと雖ども、世の政談家にして之を論ずる者甚だ稀なり。蓋し帝室の性質を知らざるが故ならん。過般諸新聞紙に主權論なるものあり。稍や帝室に關するが如しと雖ども、其論者の一方は百千年來陳腐なる儒流皇學流の筆法を反覆開陳するのみにして、恰も一宗旨の私論に似たり。固より開明の耳に徹するに足らず。又一方は直に之を攻撃せんとして何か憚る所ある歟、又は心に解せざる所ある歟、其立論常に分明ならずして文字の外に疑を遺し、人をして迷惑せしむる者少なからず。畢竟論者の怯懦不明と云ふ可きのみ。福澤先生茲に感ありて帝室論を述らる。中上川先生之を筆記して通計十二篇を成し、過日來之を時事新報社説欄内に登録したるが、大方の君子高評を賜はらんとて、近日に至る迄續々第一篇以來の所望ありと雖ども、新報既に缺號して折角の需に應ずること能はず。今依て全十二篇を一册に再刊し、同好の士に頒つと云。
明治十五年五月
編者識
[#改丁]

帝室論
福澤諭吉   立案
中上川彦次郎 筆記

 帝室は政治社外のものなり。苟も日本國に居て政治を談じ政治に關する者は、其主義に於て帝室の尊嚴と其神聖とを濫用す可らずとの事は、我輩の持論にして、之を古來の史乘に徴するに、日本國の人民が此尊嚴神聖を用ひて直に日本の人民に敵したることなく、又日本の人民が結合して直に帝室に敵したることもなし。往古の事は姑く擱き、鎌倉以來、世に亂臣賊子と稱する者ありと雖ども、其亂賊は帝室に對するの亂賊に非ずして、北條足利の如き最も亂賊視せらるゝ者なりと雖ども、尚且大義名分をば蔑如するを得ず。左れば此亂臣賊子の名は、日本人民の中にて各主義を異にし、帝室を奉ずるの法は斯の如くす可し、斯の如くす可らずとて、互に其遵奉の方法を爭ひ、天下の輿論に亂賊視せらるゝ者は亂臣賊子と爲り、忠義視せらるゝ者は忠臣義士たるのみ。我輩固より此亂臣賊子の罪を免すに非ず、之を惡み之を責めて止まずと雖ども、這は唯我々臣子の分に於て然るのみ。遙に高き帝室より降臨すれば、亂賊も亦是れ等しく日本國内の臣子にして、天覆地載の仁に輕重厚薄ある可らず。或は一時一部の人民が方向に迷ふて針路を誤ることあるも、一時これを叱るに過ぎず。其これを叱るや、父母が子供の喧嘩して騷々しきを叱るに等しく、之を惡むに非ず、唯これを制するのみにして、僅に其一時を過れば又これを問はず。依然たる日本國民にして、帝室の臣子なり。例へば近く維新の時に當て官軍に抗したる者あり。其時には恰も帝室に抗したるが如くに見へたれども、其眞實に於ては決して然らざるが故に、事收るの後は之を赦すのみならず、又隨て之を撫育し給ふに非ずや。彼の東京の上野に戰死したる彰義隊の如き、一時の姿は亂賊の如くなりしかども、今日帝室より之を見れば、十五年前、我國政治上の葛藤よりして、人民…

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