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佛蘭西人の観たる鴎外先生
ふらんすじんのみたるおうがいせんせい
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「荷風全集 第十五卷」 岩波書店
1963(昭和38)年11月12日
初出「太平 第二卷第一號」時事通信社、1946(昭和21)年1月
入力者菜夏
校正者きりんの手紙
公開 / 更新2019-01-19 / 2018-12-24
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 佛蘭西人アルベール・メーボン著今日の日本と云ふ書に著者が鴎外先生を上野博物館に訪問したる記事あり。大意左の如し。
(メーボン氏は千九百三十九年中巴里に歿すと云)

 森氏は一千八百六十年に生れたり。陸軍の醫官たりとの一事は直に氏が教養の全く獨逸風なることを知らしむるに足るべし。(略)その作舞姫は小説家として氏の名を顯著ならしめたり。年わかき獨逸の女が日本の戀人の修練せられしマリボオ風ともいふべき態度言語に心をひかれ愛慕の情を傾く。其作意にはやゝ晦澁なる所なきに非らず。一般の批評家より修飾の文學と言はれしものなり。
 審美學に關する幾多の評論を見るに森氏は美の研究につきては其方面の何たるを問はず好奇的興味を示したり。氏は隱れたる物の中より一思想を發見するや殆んど肉感的なる衝動を催し、これを解剖し其記録をつくりぬ。氏は純然たる藝術家にして常に宇宙の動勢を凝視し、定りなき物象と人間とを觀察して啻に精神的たるのみならず又官能的興味を求めたり。
 余は一日グランド・ルヴューの訪問記者たる任務を帶び氏を訪ひぬ。余の提出せし問題は佛獨兩國の文學は歐洲大亂のために何等か決定的なる影響を蒙りしや否やと云ふに在りき。
 森氏は既に數年前より東京なる帝室博物館の長となりゐたれば、余は徳川將軍の靈廟の立てる上野の丘陵を登らざる可からず。博物館はこの丘陵の上に希臘式獨逸風の建築物を示せるなり。館長は宛然陣營の中に坐するが如く思はれたり。年齒は想像し難けれど、其身長は高からず身體はすらりとしたるが如く其擧動は物しづかにて其態度は官吏風なり。其生々として樂し氣なる明き目容は思想生活の豐富なることを證明したり。口元に憂鬱なる陰影を見るは鋭敏なる感覺より來れるものなるべし。森氏は余の言ふところにつきて言語の意義と章句との關係を遺佚せしめざらんがため沈重なる努力を以て耳を傾けたり。氏は平素佛蘭西語を耳にすること極めて稀なるを以てなり。されど氏はこの場合に於て他國の語を用ることを好まざりしと見え、紙と鉛筆とを取り眼元に不斷の微笑を漂はせ一考して後字句を消し改めつゝ書くところを見るに
「われは戰爭が直接形に現れて其影響を文學に及すものとは思はざりしなり。文學は豫言的なり。他の語を以てすれば洞察的なり。過去の時代を見よ。佛蘭西大革命の代表的文學者にはジヤン・ジヤク・ルソーありき。歐洲大戰の時代の豫言者風なる作家を求むれば現代作家の中に之を見ることを得べし。即ちモリス・バレス、バザン、デルレート等なり。ボルシヱイズムの實行せらるゝ前には其派の詩人の出でたるあり。ゴルキイの如きアンドレーフの如き人物は其先進者なるべし。文學は本來の性質よりして囘顧的のものにあらざるなり。」
 鉛筆の尖端は暫く句點の上に淀滯せられ紙面に穴を穿ちぬ。森氏は面をあげぬ。思索の影は其眼より消え輕き笑顏と共に C'est tou…

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