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鷹の井戸(一幕)
たかのいど(ひとまく) |
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作品ID | 58706 |
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原題 | AT THE HAWK'S WELL |
著者 | イエイツ ウィリアム・バトラー Ⓦ |
翻訳者 | 松村 みね子 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「近代劇全集 第廿五卷愛蘭土篇」 第一書房 1927(昭和2)年11月10日 |
入力者 | 館野浩美 |
校正者 | 岡村和彦 |
公開 / 更新 | 2019-01-28 / 2019-01-30 |
長さの目安 | 約 14 ページ(500字/頁で計算) |
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[#ページの左右中央]
人
三人の楽人 仮面のやうに顔をつくる
井戸の守り 仮面のやうに顔をつくる
老人 仮面をかぶる
青年 仮面をかぶる
アイルランド英雄時代
[#改ページ]
舞台は何処でも差支ない、何もないあき場、正面の壁の前に模様ある衝立を立てる。劇が始まる前に、衝立のすぐ前に太鼓と銅鑼と琵琶など置く。場合によつては、見物が着席してから第一の楽人が楽器を持ち込んでもよい、もし特別の照明が必要ならば第一の楽人がその世話をすべきである。私どもが試演の時は、舞台のそと側の両角の柱の上にデユラツク氏考案の二つの提灯をつけた。しかしそれだは[#「それだは」はママ]光が足りなかつた、大きなシヤンデリヤの光で演する[#「演する」はママ]方がよかつたやうである。今までの私の経験では、われわれの部屋に見馴れた光がいちばん効果があるやうに思ふ。見る人と役者とを隔てる何等機械的の工夫もない方が却つて仮面の役者たちをより奇怪なものに思はせるやうである。
第一の楽人は畳んだ黒布を持つて登場、舞台の真中に来て見物に向つて動かずに立つてゐる。両手のあひだから畳んだ布を垂れさげて。
ほかの二人の楽人登場、舞台の両側に暫時立つて、それから第一の楽人の方に行き布をひろげる、ひろげながら、うたふ。
こころの眼もて見よ
ひさしく水涸れて荒れたる井戸
風にさらされたるはだかの木の枝
こころの眼もて見よ
象牙のごとくあをき顔
すさみても気だかきすがた
ひとりの人のぼり来たる
海の潮風はだかに吹き荒したるところに
二人の楽人が布をひろげる時すこし後方に退く、さうすると拡げられた布と壁とが布の真中を持つてゐる第一の楽人を頂点にして三角形になるのである。
黒布の上には鷹の形を金の模様であらはす。第二と第三の楽人ゆつくりと再び布をたたみ始める、リズムを以て腕をうごかし第一の楽人の方に歩みよりながら、うたふ。
いのちは忽ちにをはる
そは得ることかうしなふことか
九十年の老の皺よる
身を二重に火の上にかがむ
わが子を見てはたらちねの
母はなげかむ、むなしきかな
わがすべてののぞみすべての恐れ
わが子を生みしくるしみも
布が拡げられてゐるあひだに、井戸の守り登場、地の上に蹲つてゐる、黒色の上衣で全身を包んでゐる。三人の楽人は壁に沿うて各々の楽器のそばの自分等の持場にゆく、役者のうごくにつれて楽器を鳴らす。
第一の楽人 (うたふ)
はしばみの枝うごき
日は西におちてゆく
第二の楽人 (うたふ)
こころ常に醒めてあらむとねがひ
こころ休息を求めつつ
彼等は布を巻きながら舞台の一方にゆく。
四角な青い切で井戸を現はした側に一人の少女がゐる。動かずにゐる。
第一の楽人 (ことば)
日がくれて
山かげは暗くなる
榛のかれ葉が
井戸の涸れた床をなかば埋めてゐる
井戸の守…