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風を喜ぶ
かぜをよろこぶ
作品ID58709
著者前田 夕暮
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆37 風」 作品社
1985(昭和60)年11月25日
入力者浦山敦子
校正者noriko saito
公開 / 更新2023-04-20 / 2023-04-04
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 すべての植物――日に立ちて葉照りあかるき常緑樹、おほくは灰白色の肌を風に晒す闊葉樹の群落。単子葉類の竹といふ竹、草、草、草。
 野の草、水辺の草、海の草、山に、谷に、岡に、沼に、川に、田に、溝に、あるひは小路に、田の畔に、畑の畦に、歩道に、往還に、坂に。
 樹のかげ、建物のかげ、山のかげに青々と茂り、みどりに照り、あるひは黒き葉に光を収斂する有毒草にいたるまで、およそ木といふ木、草といふ草のすべては風を喜ぶ。ひえびえとした朝の風、日の光を含んでほつとりとした滋味のある真昼の風、うすじめりをおびてひそ/\とさゝやく薄暮のながれ、微風のながれ、軟風の触手。彼らは風に触れ、風に吹かれて嬉々として日に光り、およぐ。
 が、また木といふ木、草といふ草は、私の知れる限りに於て、彼等の秘密な歓びは、彼等の群落生活に於て、互にその葉と葉を、茎といふ茎を触れあひ、抱きあふことにはじまる。彼と彼女等との間にある空間が残されてゐる場合は、蝶や蜂の媒介者があつて、日光のなかで、愛情を交換する。が、彼等のなかでも竹程風を喜び、風によりて己れを生かすものはあるまい。
 日光寂寥の昼、月光微動の夕、朝、午前、残宵、いつも彼等は風によりてその性の悦びを喚びさましてゐる。その葉ずれの言葉は、人間の言葉よりは単純なだけ、また深い心がひそまれてをり、表現されてゐる。
 私は、青竹のうすあかるい幹のなかに潜んで、うすい緑衣をきた昼の童子であつた。
 私は、青竹の幹をひえ/\とすべる朝の童子であつた。
 私は、青竹のむら立つ林にわけ入つて、その竹の一本々々に私の青い唇をあてる夜の童子であつた。
 私は風を喜ぶ――。



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