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狐の嫁取といふこと
きつねのよめとりということ
作品ID58758
著者柳田 国男
文字遣い旧字旧仮名
底本 「定本柳田國男集 第十五巻」 筑摩書房
1963(昭和38)年6月25日
初出「民族 三卷六號」1928(昭和3)年9月
入力者フクポー
校正者津村田悟
公開 / 更新2024-08-23 / 2024-08-18
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 狐火は今でも狐の嫁入りと伴なふものゝ如く、考へて居る土地は多いやうだが、大體に追々二つ別々の話とならうとして居る。是まで一向に人は注意しなかつたけれども、動物の中でも特に狐に限つて嫁取りの沙汰があるのは理由が無くてはならぬ。偶然に傳はつて居た右の二地の俗信は、少しばかり此問題に手がかりを與へるものと言つてよからう。自分等の假定では、女性の生活の一大激變たるべき婚姻と産育と二つの時が、最も狐神の信仰の發露し易い時ではなかつたかと思ふ。それが餘りにもけうとい信仰であつた故に、夙に離背せられて笑話の方へ移つたものと見るときは、僅か切れ/″\に殘つて居る民間の昔話も、大切に蒐集して置く必要が極めて大である。何となればそれは單に古代人の幼稚な天然崇拜の状態を尋ねる手段であるに止らず、一方又我々の人事風習の最も肝要な一つが、如何なる經路を經て現在の制度方式に爲つたかを、明らめるの資料でもあるからである。狐の昔話にはよく婚禮の行列を騙して、野路をさまよはせ、若くは本物より先に乘込んで料理を食つたとか、石地藏を新しい閨に送り込んだといふ外に、更に狐の産の床へ醫師産婆を招いたといふ不思議譚も分布して居る。この二つは必ず關聯する所があるかと思ふ。以前の嫁迎へは聟入りよりもずつと後、多くは姙娠の徴候が現れてからであつたらしいから、婚禮と産との二大事件は、今よりも遙かに密接な關係を持つて居たのである。



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