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![]() じょうみんこんいんしりょう |
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作品ID | 58764 |
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著者 | 柳田 国男 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「定本柳田國男集 第十五巻」 筑摩書房 1963(昭和38)年6月25日 |
初出 | 「人情地理一卷二號~五號」1933(昭和8)年2月~5月 |
入力者 | フクポー |
校正者 | 津村田悟 |
公開 / 更新 | 2025-08-08 / 2025-08-07 |
長さの目安 | 約 113 ページ(500字/頁で計算) |
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緒言
日本の結婚風習は將來どう變つて行くだらうか。又どう變つて行くのが國總體の爲によいだらうかを考へて見ようとする人の參考に、今まで採集せられて居る現在の事實を、整理し且つ排列して見ることにする。我々の慣行は過去數十年の間、曾て一度も手の裏を返すやうに、次の新しいものへ飛び移つたことは無いやうだ。さうすると誰もが心付かぬうちに、ぢり/\と少しづゝ變化して、末には昔と今と、丸で面目を改めることになつたのである。次に此變化は各地方一時に、又一樣には起らなかつた。それ故に數多くの互ひに相知らざる實例を竝べて見ると、自然に其變化の足取りが考察せられるわけである。
私たちの考察は、まだ多くの假定を含んで居る。現在の郷土研究に由つて明らかになつたのは、大略日本の三分の一ほどで、島や山村には一向學界に知られて居らぬ處が幾らでも有る。それが追々に調査せられ、新しい資料が到着したならば、意外な發見もあらうし、又心強い證據も擧がると共に、今日の假定を訂正すべき點も少なくはないであらう。それを促す爲にも大いに此問題の興味を説き立てる必要があるのである。
私の蒐集の及ばなかつた部分も有るか知らぬが、大體に於て此表の中に掲げられて無い言葉が、未だ研究者には知られざる事實である。それを心付いた諸君にして、もし出來るだけ正確に之を觀察し且つ記録して置かるゝならば、其勞苦に感謝する者は、決して我々少數の好事家だけに止まらぬであらう。今日の日本は全く此種の知識には飢ゑて居るからである。
現在の標準家庭の標準慣習と目せられて居るものにも、尚且つ變化はあり又變遷もある。しかし是は概ね人の知聞に新たなることで、それを説き立てることは外國人にしか入用が無い。
讀者はたゞ自分の通例と思ふものと、本篇記す所の「婚姻奇習」との差異に注意すればよろしい。それが私たちの謂ふ日本の埋もれた歴史であり、その各地方の少しづゝのちがひ目が、我々の是から調べて見ようとする國の制度の沿革の跡なのである。
一 嫁入の起り
1、デアヒ 出合ひといふ簡便な婚姻式が、近年都會の地で採用せられる迄は、嫁入は當日嫁聟雙方の家に於て、兩度に行はるゝ祝ひの儀式であつた。出合ひは即ちこの二つの手續きを併合して、時間を省かうとする新たなる便法であつて、其名前も告別式などよりは遙かに感じがよい。
2、ヨメドリ 嫁入は單に嫁女の家の側から謂ふ語であつて、近畿中國では普通に之を嫁取りと謂つて居る。是は聟方の儀式の嫁方に比して、次第に重々しくならうとする傾向と[#「傾向と」はママ]伴なふものらしい。或は又ヨメムカヘと謂ふ土地もあつた。
3、コシムカヘ 江戸では古く輿迎へといふ語もあつたが、今日はもう使ふ人は少ないかと思はれる。輿は嫁の乘物のことだが、輿に乘つて嫁入することも、さう古い習慣では無かつた。嫁方では之に對して輿入れとい…