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農村家族制度と慣習
のうそんかぞくせいどとかんしゅう
作品ID58773
著者柳田 国男
文字遣い旧字旧仮名
底本 「定本柳田國男集 第十五巻」 筑摩書房
1963(昭和38)年6月25日
初出「農政講座二~四」農政研究會、1927(昭和2)年9月、12月、1928(昭和3)年5月
入力者フクポー
校正者津村田悟
公開 / 更新2024-07-31 / 2024-07-30
長さの目安約 46 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

第一節 家族制度と勞働組織


一 序論

 農業にはもと賃銀の要らない勞働組織があつた。その組織の下で働いて居たものは、少なくとも今日の小作人のやうな、生活不安におびやかされては居なかつた。今日、都市の勞働爭議の大部分は賃銀の問題である。小作爭議の大部分は小作人の生活不安から釀されて居る。斯かる時代に、賃銀の要らない勞働組織があつたとか、その組織の下にあつたものゝ生活が安定して居たといふことを言つたら、ほんとには思はれないかも知れない。然し歴史は明らかに此事實を物語つて居る。
 然らば其事實とはどんなことか。それを語る前に、先づ歴史を取り扱ふ精神について、言ひ換へると歴史の取り扱ひ方について、一言申し述べておく必要がある。諸君は歴史と言へば、すぐ學校で教はつた御歴代の御事蹟や英雄豪傑の物語を思ひ出すかも知れぬ。然しそれはいま我々が此處で歴史を取り扱ふ扱ひ方とは別の扱ひ方である。我々はそんな表向きの、はでな、にぎやかな歴史の下にかくれて、默々として世を動かす力の源泉となつて居た地方農民の、じみな、靜かな生活を、長い時間の流れにさかのぼつて見たい。そして今日と違つた生活方法がもしもあつたなら、それはどうして起つたか、またどうして亡んだか、その原因結果を調べて見たい。斯くして行くことに依つて自然に、今日及び將來の我々の生活の上に大きな教訓や暗示も生れて來るであらう。これが我々の歴史を取扱ふ精神である。單に昔なつかしい懷古趣味や、今の時代をいとうて、一にも二にも昔の世がよかつたやうに思ふ、保守的な復古主義などとはわけが違ふ。今日の時世にもいとはしい事があれば、昔の時世にも同樣にいとはしい事はあつた。同時にまた昔の時世にもよい事があつたと同樣に、今日の時世にもよいことは澤山にある。そのよい事を昔の人が間違つて捨てはしなかつたらうか。そのいとはしい事をも、誤つて今日まで大切に傳へて來て居はしないだらうか。此等の事實を探索して、正當な評價を與へることが我々の歴史を取り扱ふ精神である。此講義に於ても無論この精神で、農村家族制度と慣習の問題を取扱ふのであるが、然しこんな短い講義で、完全を期し得ないことは豫め御承知を願つておきたい。たゞ出來るだけ枝葉の點はぬきにして、重要な肝心な事柄の洩れないやうには、十分努力するつもりである。

二 賃銀のない勞働組織

 賃銀のない勞働組織とはどんなことをさすのか、と言へば、勞力を提供する雇傭者に對して、勞銀を支拂はなかつたのである。このことは金錢が今日のやうに地方農民の生活に、浸潤して居なかつたことも一原因であらうが、然しもつと根本的には、組織がさうなつて居たからである。つまり雇傭者の勞力に對して、直接に物件を以て報酬を支拂ふことはしないが、雇傭者は平素絶えず種々の恩惠を被つて居り、後には獨立させてもらへるのであつた。だから雇傭者は勞銀…

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