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幽霊思想の変遷
ゆうれいしそうのへんせん
作品ID58779
著者柳田 国男
文字遣い旧字旧仮名
底本 「定本柳田國男集 第十五巻」 筑摩書房
1963(昭和38)年6月25日
初出「變態心理 二卷六號」1917(大正6)年11月
入力者フクポー
校正者津村田悟
公開 / 更新2023-11-02 / 2023-10-30
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

一 土俗の荒廢と葬儀

 今年などは、自分の此官舍の前の大通りを、所謂赤毛布式の東京見物が少くとも二萬人は通つて居る。今日のやうに地方人の旅行が、殊に大都會との交通が盛んになつては、數百年間何の變化なしに保存せられて居た土俗の消えるのは、瞬くの間であらうと思はれる。
 實際又近年になつて、古い習慣の無くなつた實例は、無數にあるのである。中にも暦の改正に伴ふ正月の儀式、若連中が青年會となつた結果としての戀愛方法の變化などは著しいものであらうと思ふ。唯その中で變り方の少からうと思はれるものは一つある。それは葬式の前後に於ける各種の行事である。
 此理由は恐らくは、心理學者のたやすく説明し得るところであらうと思ふ。多くの場合の葬式には、事前の計畫と云ふものはない。死亡と云ふ大事件に伴ふ個人竝に一般の不安がある。それから死ぬ者は多數が老人で、暗々裡に舊物、舊制度に對する尊重を要求して居る。
 從つて他の生活行爲、例へば赤坊の宮詣り、娘の嫁入りなどには三越で仕度をしたり、元服の褌は在來の猿股で濟ませたりする家庭でも、年寄が死ねば家人が引込んで悲んで居るうちに、近所の者が來て前年他の家で實行した通りの儀式を以て、野邊送りをしてしまふ。これが少くも一部の理由であらうと思ふ。
 併し無意識に古風を遵奉して居る葬送の手續のうちには、いくらも前代民の死と云ふものに對する思想の痕跡を見出す事が出來るものであつて、我々は東京の大都會を取り圍む村、甚しきは市中を歩いて居ても、心掛一つで今尚フオークロアの資料を集める事が出來る。これは最近の研究旅行に於て、一層深く自分の感じ得たところである。

二 内郷村の竹串

 例へば内郷村に我々が滯在して居た十日の間に、軍艦河内の殉難者の空葬があつた。葬儀は常に、喪家の外庭に於て行はれる。色々の注意すべき變つた設備があつたが、就中珍しいと思つたのは、門の外に僅かの芝土を盛つて、墓標の如き一本の柱を立てる。柱の頭には小さな制札が打ち附けてあつたが、其意味は問ひ糺す事が出來なかつた。
 夕方に此家の前を通つて見ると、その標木の下の芝土へ、長さ七八寸の竹の串に白紙を[#挿絵]し挾んだのが、いくらも[#挿絵]してある。此竹串は、又他の部落のある家の門口にも[#挿絵]してあつた。それは前月に葬式のあつた家である。或は又丁字路の辻に、十數本の此串の[#挿絵]した處も見た。話を聞いて見ると孰れも同一の場合、即ち死者の近親が野邊送りの歸りに、そこに[#挿絵]して行くものだと云ふ事であつた。
 寺の住職の話に據れば、此地方ではこれを金剛杖と云ふ。住職は名古屋附近の人であつたが、尾張で金剛杖と云ふのは、今少しく杖らしい長いものでそれを持つものは施主一人、恰も東京で白木の位牌を跡取りが持つて供するが如く、或は神式の葬儀で喪主がつくところの杖などと、性質の近さうなものを…

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