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宇野浩二君を思う
うのこうじくんをおもう
作品ID58794
著者佐藤 春夫
文字遣い新字新仮名
底本 「定本 佐藤春夫全集 第26巻」 臨川書店
2000(平成12)年9月10日
初出「河北新報」1961(昭和36)年9月25日
入力者えんどう豆
校正者きりんの手紙
公開 / 更新2019-09-21 / 2019-08-30
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 二十一日午後十一時ごろ、すでに床について、まさに眠りが訪れようとしていたわたくしは二つの新聞社から起こされて、宇野君の訃に驚かされた。君が一年ばかり前から病臥していたことはもとより知っていた。しかし、元来ねばり強く壮健な体質で、時々病臥しながらすぐ元気になる君を知っていたから、その再起は疑わなかった。そうして病床を訪うこともないうちに君を失ったのは、はなはだうらみである。芸術院の秋の会合には必ず顔を出すものと信じて、新会員の人選などに関して電話で打ち合わせをしたのは一月ばかり前のことであったろうか。その時も家人の話では、病状はたいして案じている様子もなく、久しい病臥に足が少々不自由なだけということで、それでも電話口には出られるというので出てもらったのである。声も元気だし話もはっきりしていた。しかし電話に出るにはだいぶん手間どった。そこでその後、病床を見舞ったという広津君に聞いてみたが、これも再起を疑わない様子にわたくしはまったく安心し切っていたものであった。それだけに君の訃はわたくしには全く文字どおり寝耳に水の感があった。
 思えば君との交わりは四十年に近いものである。いやもっと早くわが二十を二つ三つ過ぎたころから、君もわたくしもうずもれて志を得ないころから、わたくしは君がゆたかな才を抱いて、童話などで口すぎをしていたのを聞き知っていた。いやもっと早くお互いの学生時代、君は早稲田、僕は三田と学校は違っていても、銀座あたりの行きずりに君とは早く面識を得ていたらしい。言葉もかわしていたかもしれないがはっきりした記憶はない。何しろ五十年前にさかのぼるのだから。
 君はわたしより一年の長で、文壇に出たのは相前後し、お互いに敬愛しながら僕は君を訪うこともしなかったのに、君は二、三度わたくしを訪問してくれた。こうして交わりをはじめたのはわが三十のころ、四十年前の話である。戦後は上田市に疎開していた里見氏に招かれて一夕、別所温泉で三人相はげまして大いに語ったものであった。当日ひどい雷雨で、雷ぎらいの彼はきっと困っているだろうと思ったのに、松本からかけつけた彼は案外元気であった。彼は下戸だから多くの会合では同じく下戸のわたくしと必ず隣り合ってすわった。そうしていつも同車でまず本郷の彼の家へ彼を送ってわたくしはわが家に帰った。車中でもたのしく語ったものであった。
 彼は旅行好きであったから、こんど再起したら熊野へ案内しようなどと考えていたところであるだけに、この旧友を失ったのは残念でならない。君は文学の苦労人で、そのため後輩のためには実に、親切な先輩であった。当今、本当の文学のわかる人のすくないおりから、君を失ったことは大きな文学的損失でもある。かえすがえすも残念である。



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