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わたしの正月
わたしのしょうがつ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「中野鈴子全詩集」 フェニックス出版
1980(昭和55)年4月30日
初出「プロレタリア文学 第一巻第五号」1932(昭和7)年4月25日
入力者津村田悟
校正者夏生ぐみ
公開 / 更新2019-01-05 / 2018-12-24
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より


今日は一月一日
今日は正月だ

明けましておめでとうって
たとえのようにいうけれど
わたしらはそんなどころではないわ
年がら年じゅう米つくるが商売なのに
一片の雑煮もない
毎年ただ一本きていた
他国からの年賀状も今年は来ない
来るものは町の掛取りや
残りの年ぐ米を取りに来る地主の番頭だ

台所はポチャンポチャンと雨がもる
炭は買えず もみがらをぶすぶす燃やす
くすぶり火が家一ぱいにひろがる
七十五の婆はあつい汁もあたらず
枯木のような背中を曲げて
水鼻をすすり目をつむっている
十一の弟と七つの妹は
一生けんめい
一銭にもならない繩なうている

賑やかなのは寺の鐘ばかり
あさ早うからやかましい
いくら鐘たたいても
わたしらもうまいる気はせんわ
いくらナミアミダブツ唱いても
飢じい腹はふくれはせんわい
婆に軽いふとんの一枚も着せられないわ
子供のひびあかぎれが快うなりもせんわ

夏のさかりでも白足袋はいて
魚喰って何が地獄じゃ 極楽じゃ
何が持ちつ持たれつじゃ
わたしらだとて一人前の人間だ
地主や坊主ばかりが
うまいもの喰って いい気持ちして
わたしらを家来あつかいにして

その田圃をわたしらに持たせてみろ
みんなの持ち物をおんなじにしてみろ
その上で物が言いたいわ
わたしら この腕っぷしで
いい米収ってみせるぞ
遊んでいる者が親方で
働く者が家来で
おお これを××××かえしたいわ
この腕っぷしで目に物見せたいわ
わたしは今日二十三になる百姓女
若い血が湧きたぎる
きっとやってみせる
みんなの胸たたいて
みんな手引っぱって
目に物見せてやるぞ
火ぶた切るのろしの鐘を
村から村に鳴りひびかせてみせるぞ



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