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未亡人と人道問題
みぼうじんとじんどうもんだい
作品ID58810
著者二葉亭 四迷
文字遣い新字旧仮名
底本 「筑摩現代文学大系 1 坪内逍遥 二葉亭四迷 北村透谷 集」 筑摩書房
1977(昭和52)年9月15日
初出「女学世界」1906(明治39)年10月
入力者高崎隼
校正者hitsuji
公開 / 更新2020-05-10 / 2020-04-28
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 自分は此頃新聞社の勤務からして、創作に取掛つたが、此の創作は、或は観察に依りては家庭問題に関連して居るかも知れぬ、最初は女学生を主人公にと娑婆ツ気を出して、種々と材料を集めて見たが思ふやうに行かず、其れで今度は日露戦役後の大現象である軍人遺族――未亡人を主人公にして、一ツ創作を遣つて見ようと思ふと。
 浮雲を出して以来、殆んど二十年、頭で創作を構へつけず飜訳ばかりに浮身を窶してゐたので、寸前暗黒、困つて居る。其れで他の文士諸君の作は如何かと、紅葉、風葉、天外其の他二三の人の作を読んで見たが、何の人も/\、縦横自在の筆を以て、巧みに明治現代の生活を描いて居らるゝ、中にも風葉氏の青春を読んで、大に感服した。文章の点は如何かと思ふが、内容から言ふと紅葉氏より、良い。……青春を読むと、歴然と明治現代の青年男女の傾向が見えて来るではないか。
 自分は青春を以て、此の一二年来の大作であると推薦したい、尤もまだ新聞に掲載中であるから、如何収るか知らぬが……今日の青年は、男女といはず、本能主義が無意識の間に伝播してゐる。其れを風葉氏は巧みに取ツ捉へて小説に出して居るのが豪い。
 自分の小説は、鳶が出るか、鷹が出るか、難産中で今日の処は何とも言へぬが、三十三四の、脂肪切つた未亡人を主人公に、五六十回続けて見ようと思ふが、問題が問題であるから、自分ながら心配でならぬ――一体、僕は貞婦両夫に見えずといふ在来の道徳主義を非とする者で、天下の寡婦は再婚すべしといふ論者であるのだ、事情の許さるゝものは兎も角も、いや、普通の事情位は刎ね退けて、再婚すべしと言ひたいのであるが、今日の軍人遺族は、恐く自分の説を容れて呉れまい。
 女主人公は、少佐位の未亡人で、男主人公は、学殖のある紳士――先づ資産のある大学教授位の位置とする、女主人公の未亡人と、此の大学教授の細君とは、学校朋輩で、殆んど姉妹同様の間柄、そして此の教授夫人は、基督教信者の、常に博愛事業などに奔走する立派な奥方でもあるのだ。常に妹のやうに親んでゐて軍人の妻君は、今度の戦争で、未亡人と為つたのであるから、教授夫人は例の気象とて殆んど自身の不幸のやうに悲しみ、良人にすゝめて、その未亡人の相談柱に為せたのが、間違のそも/\、遂に此の軍人の未亡人と、教育あり位置あり思慮ある紳士との間に、不正の恋愛が成り立ち、覚へず知らず姦通の罪悪に陥るのだ。在来の道徳眼より言へば、随分非難もあらうが、自分は真面目に此の径路を書いて見ようと思ふ。
 であるが、男主人公は兎に角も社会の上流に在る人であるから、如何に眼の前に、たよりなき美人が兄と親しみ、相談柱として、日々接近するといつて、其様手軽く恋愛が成り立つものでない、其れが自分のヤマで、此の男主人公と、其の夫人――常に基督の教訓を真向に翳して、博愛事業に関係してゐる、先づ世間の眼からは賢夫人とも呼ば…

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