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椋のミハイロ
むくのミハイロ
作品ID58820
著者プルス ボレスワフ
翻訳者二葉亭 四迷
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本文學大系 1 政治小説・坪内逍遙・二葉亭四迷集」 筑摩書房
1971(昭和46)年2月5日
入力者高崎隼
校正者hitsuji
公開 / 更新2020-05-19 / 2020-04-28
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 鉄道工事も既う竣つた。
 請負人は払ふべき手間を払ひ、胡魔化される丈け胡魔化してカスリを取り、労働者は皆一度に己が村々へ帰ることになつた。
 路端の飯屋は昼前の大繁昌で、ビスケットを袋に詰める者もあれば、土産にウォットカを買ふ者もあり、又は其場で飲んで了ふ者もある。
 それから上着を畳んで、肩へ投懸けて出掛けるとて、口々に、
「そんだら、椋よ達者で暮らせ……そんだら/\!」
 ……と、椋のミハイロ一人になつた。
 どちら向いても野の中に唯一人取残されて、昨日迄の仲間が今日は散々になつて行く後影を見送るでもなく、磨いたように光る線路を熟々と眺めれば線路は遠く/\走つて何処ともなく消えて行く。風は髪を吹いて着物の裾が捲くれ、今分れた人達の歌ふ声が遠方で聞える……
 その円い帽子の影は頓て木隠れて見えなくなつたが、ミハイロは背後で手を組むで、まだ立つてゐる。何処へ行処もない。親兄弟もない一人法師で、今線路を切つたあの兎のやうに、或時は野宿したり、或時は人の家の納屋に寝たり行当りばツたりに世を渡つて来た身の上だ。
 と、砂山越しに汽笛が鳴つて、煤烟がむく/\と騰り、汽車の音がする。来たのは工事専用の汽車で、それがまだ普請中のステーションの側で停ると、屈強な機関手と其見習が機関車を飛降りて、突然飯屋へ駈付ける。他の連中も其例に傚ふ。汽車に残つてゐるのは工事担当の技師ばかりだ。技師は物思はし気に四下を眺めて汽罐の蒸気の音に耳を傾けてゐる。
 見知り越しの人なので、ミハイロが丁寧に辞儀をすると、
「おゝ、椋か?……如何した?」
「如何もしましねえ。」
「何故村へ帰らん?」
「帰つたとつて、仕方ねえだもん。」
 技師は何か鼻歌を唱ひ出したが、頓て、
「ワルソウへ行け、ワルソウへ。ワルソウなら、仕事に困る事はないぞ。」
「ワルソウツて何処だね? 私知んねえだが……」
「無蓋車に乗れ、連れてツて遣るから。」
 椋は無蓋車へ身軽くひらりと飛乗つて、石を積むだ上に腰を卸した。
 技師が、
「貴様銭を持つてるか?」
「銭かね! 銭は一両と銀貨が四貫、跡に銅貨で十五文ばかし持つとりますだよ。」
 技師はまた鼻歌を唱ひ出す。機関車は矢張ぶう/\小言を言つてゐる……其中に先刻の連中が酒の瓶や紙包みを提げて飯屋を出て来て、機関方が機関車へ這上ると……頓て汽車は動き出した。
 三里程来て一曲りすると、向ふの沼の中に痩村が見えて、其処から烟が立つてゐる。之を見ると、ミハイロは急に燥ぎ出して、えへら/\笑つたり、遠方だから声は届かなかつたが、其方を向いて何か大声に喚いたり、帽子を揮つたりする……ブレーキの処に居た車掌が尖り声で、
「静かにしとれ! 何だつて騒ぐんだ?」
「だとつて……ほら、彼処に見える……あれがウラ達の村だもん……」
「ウラ達の村なら村で好いから、静かにしとれ!」
 ミハイロは大…

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