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針金細工の詩
はりがねざいくのし
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 佐藤春夫全集 第26巻」 臨川書店
2000(平成12)年9月10日
初出「浅紅 第一巻第一号」1963(昭和38)年2月10日
入力者えんどう豆
校正者きりんの手紙
公開 / 更新2019-05-06 / 2019-04-26
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より


「針金細工で詩をつくれ」
 ――といふのは、わが畏友堀口大学の一般詩人に対する忠告であつて、亦、実に彼が近代詩の創作に赴かんとするに当つての宣言であつたやうに思はれる。いはゆるウヱットな詩情を放れて、ドライなところに詩を求めようとしたのでもあらうかと思ふ。かくて彼は感傷の野に詩の花を摘まず、知性の山に詩の石を求めた。
 彼のゆゆしい志は、不敏なわたくしにもわからないではない。詩を新しくするにはこれに知性を導入するに限るとは思ふ。
 ところがである。困つたことに、我々が我々の詩の素材として使ふ日本語なるものは針金ではなくて絹糸である一事である。日本語はまことに光沢ゆたかに柔軟性に富んで一語一語優にやさしい心情の籠つた感情のこまやかな言葉である。といふのは、尤も針金性に乏しい言葉なのではあるまいか。堀口君が我々にあのよい忠告をしてくれた時、彼は外国生活をしてこの日本語の宿命を忘れてゐたのではないかといふ気がする。いや外国語に通じた彼は祖国語を思ひ出して、そのあまりに柔軟性に富むことに腹を立てて、こいつを針金にしてやらうと呪つたのかも知れない。さうしてこの困難なところに挺身したのが、忘るべからざる彼の詩の業績である。
 日本語はたしかに、あまりに多く美しい女人たちの心情の亡霊に煩はされてゐる。さながらに感傷の野の花束のやうなのが日本語である。それはまた多くの女人たちの悲しみの手で紡がれて、かくも柔軟、かくも光沢美しくなつたのでもあらう。
 日本の詩語は女房歌とともに発達したやうに思はれるのである。わたくしは国語の美に魅せられ、見も知らぬ代々の女房たちの亡霊のつきまとふのを拒み切れないで、わたくしは畏友の忠告にもかかはらず、わが性情に殉じて古典派詩人に甘んじてゐる。幸に日本語の最後の火焔を上げたいといふのが、わたくしのせめてものはかない夢である。
 古の女人たちが寄り集つてこれほど美しい絹糸にした日本語を、近代の女人たちがどれだけ針金化するか、それともいよいよ洗練した上質の絹糸にするのか。それとも化繊化するのか。わたくしはこれを楽しみにして見ようとする者である。



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