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思い出
おもいで
作品ID58824
著者佐藤 春夫
文字遣い新字新仮名
底本 「定本 佐藤春夫全集 第24巻」 臨川書店
2000(平成12)年2月10日
初出「山陰新報」1954(昭和29)年7月9日
入力者えんどう豆
校正者津村田悟
公開 / 更新2019-01-19 / 2018-12-28
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 二十代の時鴎外先生には五、六回お目にかかった。その後二、三度陸軍省の医務局に校正を届けた際お目にかゝったが、いずれも簡単で、懐旧談を語るほどの資料はもっていない。
 そのころ、与謝野寛、生田長江、永井荷風氏らが鴎外先生の門人で、私は先生の孫のようなものだった。そうした縁故で私は先生と直接の関係はないが、先生の文学的事業から尊敬している。先生は世間から気むずかし屋と思われることを苦にして、いつも相手に窮屈な思いをさせぬように気をつかっておられたようであるが、それが却ってこちらには窮屈であった。
 思出といえば、いつか「我等」という雑誌の出版祝いに、銀座尾張町のライオンの二階で、特別親しい者が集って一緒に酒をのんだ時、一座の者が気むずかしがらぬように先生が酒のさかなにデカメロンの特にわいせつな話を笑いながら話された。そのころわいせつ本の発売が禁止されたころであったが先生は「読み方が悪いのであって、上手にユーモアとしてみればわいせつもわいせつではない。笑わずに読めばわいせつにも我々はユーモアの美しさを感ずる」といっておられた。先生の名言中の一つに、ある人が、新聞記者は会っても悪いし、会わなくても悪いが先生はどうとり扱われるか、ときいたところ「どうとり扱っても悪い」といって笑っておられたということである。
 今度津和野に建立された詩碑の文について相談をうけたので、少なくとも小学校の先生にも理解が出来、子供に説明のできるものをと思って、すぐれて、判り易く、戦争的な色彩のないものという観点から、先生の陣中詩集の中から「カフスボタン」を選んだ。ついでに書いてくれ、といわれ悪筆で辞退したが懇望されたので恥を千歳に残すつもりで筆をとった。悪筆のため判りにくいかとも思っている。



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