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新宮
しんぐう
作品ID58825
著者佐藤 春夫
文字遣い新字新仮名
底本 「定本 佐藤春夫全集 第26巻」 臨川書店
2000(平成12)年9月10日
初出「毎日新聞 夕刊」1962(昭和37)年1月12日
入力者えんどう豆
校正者きりんの手紙
公開 / 更新2019-05-06 / 2019-04-26
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 わがふるさとは熊野の首邑新宮(シングウと読んで下さい)古来の名邑である。シンミヤだのニイミヤなどといえば人に笑われるだろうし、わたくしにはふるさとの感じがない。
 郷関は五十年前に出たから、ふるさとの新年は、やがてわが幼少年時の新年ということになる。天下は太平で、少年はたのしかった。
 ポンプ井戸の若水ですがすがしく顔を洗い父を中心に男兄弟三人そろい、星をいただいて白い息を吐きつつ、家の裏山、水野氏三万六千五百石の丹鶴城、俗にいう沖見城の二の丸あとから太平洋上に昇るすばらしい新陽を見る。赤い波がわきかえるのは新年にふさわしい活動的な見もので、これを見るのがわが家新年初頭の吉例的行事であった。眼下には旗を多く吹きなびかせた船が多く集っていた。熊野川の川口のむかしの港なのである。
 山をおりると母と姉との用意でお雑煮が待っている。それがすむと氏神速玉神社に初詣でする。ほかにもちらほらお詣りの人を見かけた。日露戦争(わが十四才)の時には特にお詣りが多かったのをおぼえている。
 ふだんはそろばんの練習の音ばかりのこの商人の町も新年の夜は秋の田のだの恋すてふなどと百人一首のよみ声が到るところにもれていた。わが家でも車夫、薬局生、看護婦、まかない方の娘に近隣の若者、娘などがまじり、みかんの香のただよう部屋に初老の院長さんわが父が読み手であった。



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