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飲料のはなし
いんりょうのはなし
作品ID58855
著者佐藤 春夫
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 佐藤春夫全集 第25巻」 臨川書店
2000(平成12)年6月10日
初出「暮しの手帖 第36号」1956(昭和31)年9月5日
入力者希色
校正者夏生ぐみ
公開 / 更新2018-05-06 / 2018-04-26
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 わたくしは老来、毎年少しづつ肥満して今はいつも十八貫以上、下着なども普通のものでは間に合はないが、こんな男一疋の体重になつたのは四十以後で、少年の頃は骨と皮ばかりの痩せつぽち、それでゐて頑健この上なし樫の木のやうなと云はれた体質で、五尺六寸に近い身長で体重は十二貫あるなしであつた。
 痩せてゐたせゐか暑さは一向苦にならず、汗なども少しも流れない。今は暑気も厭はしく汗も一人前に湧くが、体の肥痩に関はらずむかしも今も変らないところは、わたくしの体は四季を問はず何日もつねに飲みものを要求してゐる。夏になると特に甚しい。
 つねに飲みものを要求してゐると云へばいかにも酒好きのやうだし、平素渇望の念に堪へぬと云へば、何か精神的な要求のやうに聞えるが、そのどちらでもない。まるで植物のやうに水分がほしいだけなのである。
 はじめ飲みもののことを書かうと云ふと「お酒のこと?」と聞かれて、気がついたから「飲料のはなし」と題を変へてみた。
 酒は二十のころ、大人の真似がしたくて血気にまかして飲まないではなかつたが酒はわたくしの喜怒哀楽を煽つて野性を益々激しくするから、といふほどの反省の結果ではなく本来体質に合はなかつたものかつい酒飲みにはならなかつたが、酒の味そのものは好きだからひとりで、ちびりちびりついジョニーヲォカアを一本空にしてゐた事もあつた。尤も一日がかりであつた。それも常態ではない、平素は三盃上戸と名告つて三盃までの酒の味はまことに天の美禄と思へるがそれからあとは飲みたくない。第一に[#挿絵]のやうに赤い顔になるのが見ぐるしく今業平を以て自任する男振りが台なしになるから三盃以上は美人の勧めがあるほどお辞りと決めてゐる。その代り佳肴があつて三盃で切り上げさせてくれるならいつでも喜んでおつき合ひしたい。但し銘酒に限る、これでも酒の味は少しわかるといふ生意気にわがままな左利きである。酒間の趣は解するが酔漢のお相手はご免である。
 酒は濃厚な強いものの小量がわたくしには適してゐるので、人々の好飲料とするビールがわたくしには最も向かない。あのホロ苦い味ひと冷味がのどを通るのはいいが、あとがいけない。せつかくいい酔ひ心地になつた時にWCに立つなどは甚だ煩はしい。全く気の利かない利尿剤である。それで年久しくビールは一切敬遠してゐたが、近来、父母には似ないで両祖父に似た鬼子の豚児(ではなかつた賢息)が酒豪とあつて、時々ビールを厨房に命じたついでにひとりではバツが悪いのかおやぢにも一杯を献じようといふのでつき合つてゐるうち、近ごろでは、これも亦、悪くないと思ひはじめた。子の恩といふのでもあらうか。
 しかしわたくしはここで酒について云ふつもりはなく、云ひたいのは、ただの水や、お茶ジュースなどの事なのであつた。
 わたくしの高等小学校の、と云へば十一二の頃の事(正に半世紀前である!)遊…

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