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残雪の幻像
ざんせつのげんぞう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「山岳講座 第一巻」 白水社
1954(昭和29)年5月30日
入力者富田晶子
校正者雪森
公開 / 更新2018-01-01 / 2018-01-01
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

総説

 五月から六月にかけて、高根の雪が解けるにしたがい、山肌が処々に現われて来る。その山肌と雪とで作る斑紋が、見ようでは種々な物の形、例えば動物や人間などの姿に見えるものだ。その形は山肌が雪の中に黒く現わすのと、山肌に囲まれた雪が白く描くのとある。そういう形を山麓の農民は巧みに捕えて、何か身近な物の姿に見立て、昔から年々農事――稲作が主であるが――を始めるための頼りにして来た。それがここに記す幻像であって、民俗学の言葉では雪形と言う。そういうものが雪深い山国には沢山あって、今まで語り継がれているのは誠に意味深いことだ。
 いったい農事というものは、豊凶の運命を大部分天候に左右される性質のもので古くから太陰暦に基づいて行われて来たし又それが本筋である。だが文字に書かれた暦はどこにも通用する代り、山間の局地局地には必ずしも的確な頼りとはなり難いうらみがある。そこへ行くと、この雪形はその土地、その年の季節の移り変りを端的に示すものだから、これほど頼りになるものはなかろう。言わば生きた暦である。その指示にしたがって春の農耕を始めたり進めて行けば、まず心安らかに収穫を期待できるというもので、そこに、この幻像発生の原因と意義があり、永い年代に伝承されて来た理由もあるのだ。しかも一方、美の観点から言っても、これは見逃すことのできない題材なのである。
 ところで現今は農業技術が改良され、農業気象も精密になりかつ普及されつつあるから、この幻像に頼る度合は以前より大分薄らいだことは事実で、伝承もだんだん弱まって行く傾向にある。しかしわれらの祖先が遺したこのりっぱな文化財を、むざむざ消滅に任すのは誠に惜しむべきことだ。そこには祖先の、自然に対する尊崇と親和の心、物の形に関する鋭い感覚、一種の美意識、生活に根ざした智恵、そして永い世代にわたる自然の恩恵と、それに対する感謝の念、そういうものが皆この幻像に籠められているからである。そこでこれらの記録が大切なものになって来るわけだ。
 この雪の幻像は、東北から中部にかけての山地、殊に山形、新潟、長野、山梨の各県にわたって数多く存在するが、ここにはそのうち日本アルプスのものを幾つか選んで図示して見よう。これらは私が実見し、調査した確実なものばかりで、未見のもの、疑問の多いものは省いた。まず北から……

一 白馬岳の代馬

 これは雪の中に黒く馬の形を現わすもので、それは代掻き馬といって、稲の植付け前の整地に使う馬である。白馬岳という名はそれから来たのだが、白は当字に過ぎず、代馬は黒い毛色なのである。だからハクバと呼んでは、意味の通らぬことになる。この代馬の形や出現の場所は、どういうものか、今まで山岳界にもよく知られておらず、却ってずっと北寄りの小蓮華続きに出るささやかなものが、誤り伝えられていたようである。私も永年疑問を抱いていたので…

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