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下谷叢話
したやそうわ
作品ID58863
著者永井 荷風
文字遣い新字新仮名
底本 「下谷叢話」 岩波文庫、岩波書店
2000(平成12)年9月14日
初出自序「下谷叢話」春陽堂、1926(大正15)年3月20日<br>第一~第四「女性 第五巻第二号」プラトン社、1924(大正13)年2月1日<br>第五~第十一「女性 第五巻第三号」プラトン社、1924(大正13)年3月1日<br>第十二~第十五「女性 第五巻第四号」プラトン社、1924(大正13)年4月1日<br>第十六~第二十二「女性 第五巻第五号」プラトン社、1924(大正13)年5月1日<br>第二十三~第二十九「女性 第五巻第六号」プラトン社、1924(大正13)年6月1日<br>第三十~第三十五「女性 第六巻第一号」プラトン社、1924(大正13)年7月1日
入力者入江幹夫
校正者ムィシュカ
公開 / 更新2021-12-03 / 2021-12-06
長さの目安約 248 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

[#挿絵]
鷲津毅堂肖像(部分) 西田春耕/筆

自序

『下谷叢話』ハ初下谷のはなしト題シテ大正甲子ノ初春ヨリ初稿ノ前半ヲ月刊ノ一雑誌ニ連載シタリシヲ同年ノ冬改竄スルニ当リテ斯クハ改題セシナリ。大正十四年乙丑ノ歳晩予偶『有隣舎ト其学徒』ト題シタル新刊ノ書ヲソノ著者ヨリ恵贈セラレタリ。著者ハ尾張国丹羽郡丹陽村ノ人石黒万逸郎氏トナス。余イマダ石黒氏ト相識ラズ。然レドモソノ書ニツイテ窺フニ氏ハ尾張ノ人ニシテ久シク郷党ノ師ト仰ガルル篤学ノ士ナリ。石黒氏ノ近業ハソノ名ノ示スガ如ク往昔郷閭ノ私塾ナリシ有隣舎ノ沿革ヲ調査シソレガ師弟ノ伝ヲ述ベタルモノニシテコレスナハチ拙稿『下谷叢話』ノ記述スル所トホボソノ事ヲ同ジクスルモノ也。然レドモソノ考証研覈ノ如何ニ至ツテハ彼ノ最詳確ニシテ我ノ甚シク杜撰ナルヤ固ヨリ日ヲ同ジクシテ語ルベキニ非ラズ。殊ニ有隣舎所在ノ地ノ風土人物ニ関スルヤ予ハイマダカツテソノ地ニ抵リシ事ナキヲ以テ鄙著ノ遺脱謬誤最甚シキモノアルガ如シ。予石黒氏ノ書ヲ読ミ大ニ悟ル所アリ。三タビ稿ヲ改メントスルノ意図ナキニ非ラザリキ。然レドモ当初稿ヲ脱セシ時ヨリ既ニ半歳ヲ過ギ一時蒐集シタリシ資料ノ今蚤クモ座右ニ留メザルモノマタ鮮シトナサズ。コレガタメニ遂ニ加筆スル所ナクシテ止ミヌ。今彼我ノ二書ヲ比較スルニ東武ノ詩人大沼枕山ノ事ニ関シテハ彼ハ我ニ比シテヤヤ簡略ナリトイヘドモ中京ノ詩人森春濤ノ事ニツキテハ遥ニ精緻ヲ極メタリ。マタ有隣舎ノ主人鷲津氏ノ事ニツイテ見ルモ彼ハ啻ニ遺秉ヲ拾ツテ遺サザルノミナラズマタ郷老ノ口碑ニ採ル所多シ。然ルニ我ハ纔ニ下谷ナル鷲津氏ノ家人ニ聞キシ所ヲ識シタルニ過ギズ。古墳ノ掃苔ニオケルヤマタ彼ハ専ラ尾陽所在ノモノニノミ精シキコトアタカモ我ノ東都ニ限ラレシニ似タリトイフベシ。此ニオイテカ彼ニナキ所ノモノ往々我ニアリテ我ニ闕キシ所ノモノ彼悉クコレヲ補ヘリ。有隣舎ノ沿革ヲ知ラント欲スルモノ拙著ト併セテ石黒氏ノ近業ヲ読ミ玉ハヾ始メテ遺憾ナキニ庶幾カラン歟。コレ鄙稿ヲ篋底ニ探リ出シテ新ニ剞[#挿絵]氏ニ託スル所以ナリトイフ。大正十五年丙寅初春永井荷風識。
[#改ページ]

第一

 わたくしが五歳になった年の暮にわたくしの弟貞二郎が生れた。母はそれがためわたくしの養育を暫く下谷の祖母に托した。祖母の往々にして初孫の愛に溺れやすきは世にしばしば見るところである。祖母に育てられた児の俚諺にも三文やすいと言われているのも無理ではない。わたくしは小石川なる父母の家を離れて下谷なる祖母の家に行くことをいかに嬉しく思ったであろう。当時の事は既に「下谷の家」と題した一小篇に記述した。雑誌『三田文学』の初て刊行せられた年の同誌に掲げんがため筆を秉ったのであるから、これさえ早く既に十四、五年を過ぎている。
 下谷の家は去年癸亥九月の一日、東京市の大半を灰にした震後の火に燬かれてしまっ…

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