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だんまり伝九
だんまりでんく
作品ID58865
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「春いくたび」 角川文庫、角川書店
2008(平成20)年12月25日
初出「少年倶楽部」大日本雄辯會講談社、1936(昭和11)年9月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者noriko saito
公開 / 更新2022-12-01 / 2022-11-26
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「どうだい、赤松さまは、いつ見ても恐ろしいなあ、あのかっこうを見てくれ」
「じつにどうも人間とは思えねえ」
「や、や、今日はじまんの樫棒だぜ」
 ここは土佐の国浦戸の城中。大館の広庭では、領主長曾我部元親をはじめ家臣のならぶ前で、いましも二人の武士が試合を始めようとしているところであった。そのようすを外庭の生け垣のかげから、十四、五人の足軽たちがのぞき見しながら、口々に品さだめをしている。
「なにしろ五十人力の鬼剛兵衛さまだからな。勝たせてあげてえが、どうも別部さんには勝ち目がねえぜ」
「まったくだ、あの樫棒でやられちゃたまらねえ、本気でやられたら殺されてしまう」
「まあ腕の一本でもぶち折られるがおちだろ」
「だまれ、こやつら!」
 足軽たちの中で一人の老人がわめいた。
「だれだいどなるのは」
 一人がふりかえって、「おや、弥平じいそこへきていたのか」
「何をぬかす、だまってきいていればなんだ、おらが旦那の別部さまに勝ち目がねえの、ぶち殺されるの腕を折られるのと、とんでもねえことをいうやつらだ。勝つか負けるか見てからものをいえ。北畠浪人で別部伝九郎さまといえば、中国すじから関東まで知られた勇士だ、いまに鬼剛兵衛なんぞは地面へはわせてやるから見ていろ」
「おいほんとうかい弥平じい」
 みんなあきれた。
「ほんとうだとも、おれはまだ嘘とかっぱをついたことはねえ。もしおれの旦那が負けたら、おらの頭を気のすむほどなぐらせてやらあ」
 弥平じいさんひとりでりきんでいる。
 広庭では、いよいよ支度をととのえた二人が、元親の前へすすみ出た。赤松剛兵衛は、身のたけ二メートルあまり、体重百五十キロをこす大男、鬼と異名をとった長曾我部家第一のごうけつである。――それにくらべて別部伝九郎は二十五歳、色白の中肉中背で、骨つきこそたくましいが、剛兵衛とならぶと大人と子どもほどちがう。剛兵衛は六尺(一・八メートル)ばかりの八角にけずりあげた筋金入りの樫棒、伝九郎は三尺二寸(一メートルたらず)無反りの木剣を持っている。
 今日は、ちかごろ新しく召しかかえられた伝九郎の腕をみようと、元親みずから命じた一番勝負なのである。やがて二人は、御前へむかって一礼すると、
「――いざ」
 とばかり左右に立ちわかれた。
 剛兵衛はなんのこの若ぞうがといったようすで、樫棒をななめにかまえてねめつける。伝九郎は木剣を青眼につけ、唇には微笑さえうかべながらしずかに気合いを計った。
「まいるぞ。えーい!」
 剛兵衛がわめいた。伝九郎は動かない。
「えーい、やあっ!」
「…………」
 やはり伝九郎は目も動かさぬ。
「やあっ、おっ[#挿絵]」
 三度目を叫ぶと、剛兵衛はふみだしざまぶうんとうちこんできた。すさまじい一撃、伝九郎は受けでもすることか、わずかに半身を反らして棒をかわすと、ひらり! つばめのように身…

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