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伝四郎兄妹
でんしろうきょうだい
作品ID58866
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「春いくたび」 角川文庫、角川書店
2008(平成20)年12月25日
初出「少女倶楽部」大日本雄辯會講談社、1939(昭和14)年6月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者noriko saito
公開 / 更新2022-12-04 / 2022-11-26
長さの目安約 23 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 若菜はせっせと矢竹をけずっていた。
 そのまえの年、天正二年の冬からとなりの国と戦争をしているので、この肥前(長崎県)大村城のるすをまもるものたちは、鎧甲のつくろいをしたり、武者草鞋や弓矢をこしらえたり、女も子供も手のあるかぎりは戦に必要な物をつくるのにいそがしかった。
 ――おや?
 若菜はふと手をとめた。
 道の方で子供の泣き声がする、それがどうやら妹の千浪の声らしい。
「若菜、泣いているのは千浪ではないか」
 となりの部屋で母がいった。
「ちょっと見てきておやり」
「はい、――」
 若菜はすぐに立ちあがった。
 表へ出てみると、はたして妹の千浪が泣きながら帰ってくるところだった。いそいでかけよろうとして気がつくと、着物がまるでどろだらけになっている。
「まあ千浪、どうしたの」
「――お姉さま」
 姉の姿をみつけると、千浪はもっと大きな声で泣きだした。
「どうしたの千浪、もう七つにもなるのに、ころんだくらいでそんなに泣くひとがありますか、戦場へ行っているお兄さまのことを考えてごらんなさい」
「――ころんだのじゃないわ」
「ではどうしたの、こんなにどろだらけになって」
「みんながぶっつけたのよ」
 千浪はくやしそうにいった。
「お兄さまの悪口をいって、お兄さまが裏切者なんですって、卑怯者で不忠者ですって、そして千浪がそんなことうそよっていったら、みんなでどろをぶっつけたんだわ」
「――まあ!」
 若菜はおどろいて向こうを見た。
 侍屋敷のつじのところに、五、六人の少年たちがこっちを見ながらはやしたてている。みんな身分のある武家の子たちだった。
「千浪、おまえは家へ帰っておいで」
 そういって若菜はずんずん少年たちの方へ行った。
 兄の菊池伝四郎は、槍組の五十人頭として戦に出ている、菊池家は吉野朝の勤王家として名だかい、肥後(熊本県)の菊池の血統をひいているもので、大村城でもすじ目の正しい家柄として人々からうやまわれていた。
 若菜は十五歳の少女であったが、
 ――裏切者、不忠者。
 といわれることが、武士にとってどんなに大きなはじであるかということはよく知っていた、ことに菊池家は勤王の血統で、大義名分を命よりもたいせつにする家柄である。
 ――そんなうわさをするものはゆるしてはおけない。
 そう思って近寄っていった。
 少年たちは意地の悪い眼つきで、腕をくんだり胸をつきだしたりしたまま、へいぜんと立っていた。
「いま千浪を泣かしたのは誰です」
 若菜はしずかになじった。
「おれたちだ」
 十五、六になる少年が答えた。
「おれたちみんなだ、悪いかい」
「男のくせに小さい子をみんなでいじめるなんて卑怯だとは思いませんか」
「へ! 卑怯とはそっちのことだろう」
「なぜわたくしが卑怯です」
「卑怯者の妹なら卑怯にきまっていらあ。裏切者の伝四郎の妹なら、やっ…

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