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初午試合討ち
はつうましあいうち
作品ID58868
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「春いくたび」 角川文庫、角川書店
2008(平成20)年12月25日
初出「新少年」博文館 、1938(昭和13)年2月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者noriko saito
公開 / 更新2022-12-11 / 2022-11-26
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「大変だあ大変だあ、頭いるか」
 表からやみくもに跳込んできた安吉、お天気安という綽名のある若い者だ、――ちょうどいま上りっ端で、愛用の鳶口を磨いていたは組の火消し頭佐兵衛、
「ええ騒々しいや、頭アいるかって眼の前にいるおいらが見えねえのか」
「ほ、まったくそうだ」
「呆けてやがる、なにが大変だ」
「なにがって落着いてちゃあいけねえ、は組の若い者が全滅だ」
「この野郎、云うにこと欠いては組の若い者が全滅たあなんだ、貘がおとといの夢を吐きゃあしめえし、途轍もねえことをほざくと向う脛をかっ払うぞ」
「嘘じゃねえ、まったくの話だ」
 お天気安は眼を白黒させながら、
「なにしろ頭、井杉灘屋で浪人者が暴れてたんだ、そこへ辰兄哥が通りかかったもんだから、よしゃいいのに例の調子で停めにはいった」
「なにを云いやがる、町内の紛擾に口をきくなあおれっちの役目の内だ、それでどうした」
「するてえと浪人者がはたして怒った」
「なにがはたしてだ」
「いきなり大刀を抜くてえと、真向から辰兄哥をばらりずんと斬り放した」
「――野郎」
 というと佐兵衛も気が早い、いま磨いていた鳶口を持直すなり、ぱっと表へ跳び出した。――横丁を大通りへ出ると四辻の二、三軒手前に井杉灘屋という居酒店がある。その店先に黒山のような人集りがしていた。
「やあ退いた退いた、邪魔だ邪魔だ」
 人混を掻分けて店へ踏みこむ、――血まみれの辰次がのたうちまわっているか、と気もそぞろに飛んできた、佐兵衛の眼前に展開したのは、なんと! 辰次はしゃっきりとして、あべこべに酔倒れている浪人者をせっせと介抱している。
「おう辰、おめえ無事だったか」
「こりゃあ頭いいところへきておくんなすった、蜆河岸の道場にいた仁木先生ですぜ」
「なんだと?」
「安吉をつれて風呂へいった帰りに、通りかかるとここで浪人者が暴れているんで、停めにへえってみたら、びっくりしましたぜ、三年めえに道場を出たまんま行衛の知れねえ仁木先生なんで」
「そいつぁあ仰天だ」
 と佐兵衛が覗きこんだ、――尾羽うち枯らした装風俗、月代も髭もぼうぼうに伸びているが、まさしく仁木兵馬である。
「なるほど仁木先生に違えねえ、これじゃあどうにもしようがねえから、とにかく自家へおつれ申すとしよう」
「それがこのとおり動かねえんで」
「まあいいや、おめえそっちの肩を貸しねえ、二人で担いでいこう、――太平さん、騒がしてすまなかったな」
 店の亭主に会釈をすると、佐兵衛は辰次に手伝わせて、酔潰れている浪人を担ぎ出した。
 本所蜆河岸に、梶派一刀流を指南する本山図書という剣客がいた、当時江戸十剣の内に数えられ、一町四方という広大な屋敷構えの道場には、五百人にあまる門人を有していた。ところで、本山図書には男子がなく、小浪という娘が一人なので、当然道場の跡目ということが問題になっていた。…

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