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梟谷物語
ふくろうだにものがたり
作品ID58870
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「春いくたび」 角川文庫、角川書店
2008(平成20)年12月25日
初出「少女倶楽部」大日本雄辯會講談社、1939(昭和14)年5月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者noriko saito
公開 / 更新2022-12-17 / 2022-11-26
長さの目安約 26 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 慶応四年二月(この年九月に明治となる)、勅命を捧じて奥羽征伐の軍を仙台に進めた九条道孝卿は、四月のはじめまず庄内藩酒井忠寛を討つため、副総督沢為量に命じて軍勢を進発させた。……この物語はその進軍の途上に起った出来ごとである。



 仙台を出発した鎮撫軍が、山形から天童まで進んだとき、沢副総督は第三番隊の中村半九郎という若い隊長を呼んで命令を与えた。
「中村、おまえは第三隊二百名をひきいて本隊とわかれ、月山から羽黒山を越えて酒井軍のうしろへふいうちをかけてくれ」
 ――これはおもいつとめだぞ。
 半九郎はそう思って口をひきむすんだ。
「道はいうまでもなくけわしい、けれどそれよりも困難なことがある。それは羽黒山の奥に住んでいる土生一族だ」
「知っております」
「この一族の守っている梟谷をつきやぶらなければ庄内へ攻め入ることはできない。きっと非常に苦しい戦をするであろうが、ぜひともうまく行くようにしっかりやってもらいたい」
「かしこまりました」
「すぐ出発してくれ、後援隊はあとから三百名おくる」
 半九郎は全員必死の覚悟をきめた。
 中村第三隊はそこからすぐに本隊とわかれ、寒河江の谷をさかのぼって左沢から月山の東がわをつきすすんで行った。息もつかぬ強行軍である、ひた押しに進んで三日めの夕方には、いよいよ梟谷のてまえにある草苅峠へ着いた。
 半九郎はそこで行軍をとめたうえ、ふた組の斥候をだして敵の様子をさぐらせた。
 梟谷は『袋谷』という意味にも通ずる、左には月山が裾をひき、右手には羽黒山がせまっている、そのふところへ深く、まるで袋のようなかたちになっている谷がそれだ。……そしてそこには数百年このかた土生一族と呼ばれる土着の豪族が住んでいる。命しらずの勇ましい人々で、けわしい土地に砦をきずき、外からくる敵は一歩も入れまいとしているのだ。
 斥候は夜になってからもどった。
「敵の様子をさぐってまいりました。梟谷にはひとりの人間もおりません」
 思いがけぬ知らせでみんなもおどろいた。
「部落のなかまで見てきましたが、まるで人かげがなく、家々はがらあきで、それこそ犬の子一ぴきもいません」
「砦の方にも誰もいないようです」
 みんなあきれて眼を見合わせた。……銃隊長の石岡吉次郎はいきごんで、
「隊長! やつらは逃げたんです、我々のくるのを知ってかなわぬと思ったのでしょう、すぐつっこんで占領したら――」
「いや待て」
 半九郎は静かにおさえていった。
「土生一族が一戦もせずに逃げるはずはない、これにはなにかはかりごとがあるものと思う。今夜はここに野営しよう、進むのは明日だ」
「――銃を置け、野営の準備……」
 命令が伝えられた。そしてきびしく警戒しながらその夜は峠で露営した。
 明くれば四月十五日である。
 半九郎は全隊士の銃に弾丸ごめをさせ、なお斥候をまえに進めながら…

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