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遺愛集
いあいしゅう
作品ID58884
副題01 序
01 じょ
著者窪田 空穂
文字遣い新字新仮名
底本 「遺愛集」 東京美術
1974(昭和49)年10月15日
入力者大久保ゆう
校正者The Creative CAT
公開 / 更新2019-11-02 / 2019-11-01
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 数日前、巣鴨拘置所内に、死刑囚として拘置されている島秋人君から来状があり、今度はからずも、篤志の方々の厚情によって、「遺愛集」と題している自分の歌集が出版されることになった。ありがたい次第であるといって、その方々との心つながりを、言葉短く知らせて来た。心つながりは、何れも同君が、「毎日新聞」の歌壇に投稿している短歌で、選者としての私の選に入選した作をとおしてのものである。そのことは私は今度はじめて知ったことで、現社会にもそうした篤志な方々が少なくないことを知り、そのこと自体に対して感激の情を抱かされたのである。
 秋人君の来状は、今一つの用件を含んだものであった。それは「遺愛集」に序を添えて呉れ、又、題簽も書いて呉れという依頼であった。
 この依頼は今度が初めてではなく、やや以前にすでになされ、私は承諾していたものである。その際の秋人君の書状は私を感心させるものであった。大意は、秋人君と私との関係は、毎日歌壇の投稿者と選者ということに過ぎない。その選者を自分の師のごとく思っているのは、甘え心からの独りぎめであるが、それは許して呉れ。自分には歌集を出版して下さろうという二、三の方々があるが、生前にそのようなことをするのは、被害者に対して相済まぬ感がするので、死後にして下さい。可能なかぎりの詫びをしての後にして下さいと延期を願っている。出版の際には序と題簽を書いて下さることをお願いするというのである。まことに筋のとおった、行き届いた文意だったので、私は感心して承諾したのであった。
 今回の出版は生前のことで、趣がちがっているが、出版してやろうと言われる方は、以前の方々とは別の方で、はなはだしく秋人君を感動させたようである。又、秋人君がよろこんで応じる気になった心中の機微は、他からは推測のしがたいものがある。
 秋人君の作歌は、拘置所の者となってからのことという。又、作歌のよろこびをとおして心境に変化を来たしたともいう。現在では作歌を一日、一日生き延ばされている生そのもののごとく大切にしていることは、その作歌をとおして私には感じられる。これらのことは、秋人君自身この「遺愛集」に書き添えることであろう。
 私はそれらには触れず、秋人君の作歌に対して平常感じていることを略記して序とし、秋人君との前約を果たすこととする。
「遺愛集」は島秋人自選の歌集で、題簽も自身付けたものである。秋人君の歌歴からいうと最近に属するもので、昭和三十六年から三十八年に亘る三年間までの作に、厳選を加えたものである。遺愛とは生前愛した物で、死後に遺す物という意であろう。秋人の遺しうる物は、ただその作歌があるのみである。わが作歌こそわが生命であるとの意であろう。
 私は郵送されて来た「遺愛集」の稿本を通読して、感を新たにするものがあった。
「遺愛集」一巻に収められている三年間、数百首の短歌は、…

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