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一つ身の着物
ひとつみのきもの
作品ID58921
著者壺井 栄
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の名随筆 別巻42 家族」 作品社
1994(平成6)年8月25日
入力者大久保ゆう
校正者noriko saito
公開 / 更新2018-06-23 / 2018-05-27
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 赤ん坊の名を右文といった。生後一年で孤児になり、私の家へくることになった。赤ん坊のひいおばあさんにあたる人からこの話をもちこまれる前に、私たち夫婦はもうその覚悟でいたのだが、いよいよとなると、さまざまな難問題が湧いてきた。しかし、だからといって肩をはずすわけにも行くまいと考えられたので、とにかく引き取ろうということになった。その中どこからか救いの手がのびてくるだろうという空だのみもあったし、また一方では、赤ん坊という新鮮な存在が、もうとっくに初老をすぎた私たちの、沈滞した家庭生活を若返らせもしようかという、とてつもない希望も抱かせられた。
「うちに赤ん坊ができるなんて、なかなかいいじゃないか。このたび老妻に男の子が生れました――とみんなに通知して、一つお祝いをして貰うんだね。」
 夫がそういうと、娘の正子までがのり気になって、本気な顔でいった。
「そうよ、そうよ、ほんとにうちではこれまでよその赤ちゃんにばかりお祝いしてるんですもの、今度はそうしましょうよ。みんな驚くわよ。ねえお母さん、わたしが育てるからさ。うちに生れた子だと思ったら、育てるのあたり前ですもの。」
 まるで私一人が二の足でもふんでいるようないい方に、私はにやりとし、
「そりゃそうさ。うちに生れたと思えばいいんだけどね、なかなかそうは思えないからね。」
「なぜ。」
「だって、どっちの子供さ。お母さんが生んだつもりになるのかい。それとも正子かね。」
「あら、失礼ね。」
 正子は顔赤らめてきゃっきゃっと笑う。実子のない私たちは、この正子をも小さい時から育てたのである。正子は私の姪にあたる。結果として生母の生命を奪ってこの世に生れてきた正子を私たちが育てることになったのは、正直にいって三分の迷惑と七分の義理からであったが、お父さんお母さんと呼ばれて一つ屋根に暮している中に、いつか義理や迷惑は消えてしまって、自然な情に結ばれた平穏無事な親と子になっている。それどころか正子はもう厳然たる存在で、私たちの家庭で正子の部門を占めていた。正子をぬいては、まったく私たちの生活は形を変えねばならぬほど、彼女は私たちにとって有りがたい存在だった。あまり健康でない私は、朝寝坊の寝床の中で台所の朝の音を聞きながら、隣りの夫に、
「ほんとに正子がいればこそよ。もう二十三ですからね。あなたもあんまりがみがみいわないでよ。正子がいなければ私たちは誰からもお父さんお母さんと呼ばれなかったのよ。」
 夫が正子をこっぴどく叱りつけたりした翌朝など、私はよくこんなことをいった。すると夫は一先ず私の言葉を素直にうけ、
「わかったよ、わかったよ、しかしね、がみがみいうのは本当は隔てがないからいうんだがね。分らないかなア。それにお前は俺だけが口やかましいようにいうけれど、お前だっていいかげんいってるよ。」
「そりゃあ私は自分のつながりです…

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