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トラピスト天使園の童貞
トラピストてんしえんのどうてい
著者三木 露風
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本随筆紀行第二巻 札幌|小樽|函館 北の街はリラの香り」 作品社
1986(昭和61)年4月25日
入力者大久保ゆう
校正者noriko saito
公開 / 更新2019-06-23 / 2019-05-28
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 ある夏の暑い日に、私はAといふ大学生と一緒に、童貞女の居るトラピスト修道院を訪ねた。その修道院は、函館から東北へ二三里行つた湯の川といふ山村の後丘に立つてゐるのであつた。
 初め、私は童貞女の修道院を訪ねるつもりではなかつた。私は男子の修道院の方へ行かうと思つてゐたので、東京を立つ前に手紙をその方へ送つておいた。さうして、函館へ来た。折柄暑中休暇で帰省してゐる此土地の知合の青年が三人で、桟橋まで出迎へてゐてくれた。
 私の乗つて来た船は比羅夫丸といふのであつた。青森から五時間かかつた。朝七時に出て十二時に着いたのである。船は、汗ばんだそして黄ろい汽笛の響を鳴らして、徐々に桟橋の方へと横に寄つて行つた。降船を待つ数多の乗客にまじつて私も甲板に立ち、新しい山河に接するめづらしい気持で陸の方を眺めてゐた。軈て、梯子が下りて、人はその上をぞろ/\と橋の方へ降り初めた。その時私はその橋の上に鍔の広い水浴の帽子を被つて袴を着けた三人の青年が、むかうでは早私を見つけて笑ひかけてゐるのを見た。
「よくいらつしやいました。私達は丁度この向うの岬の端れで水浴をやつて居りましたがあなたの電報を見まして慌てゝ此処へまゐつたのです。」
 と其中のA君が、にこ/\しながら言つた。停車場の広場へ出ると、向うの街角を電車が軋つてゆくのが見えた。その広場で三人は立止つて対ひ合ひ私を何処へ案内したらよからうといふやうな相談を一寸して、それが決ると、電車に乗つて、やがて私はK――といふ宿屋へ案内された。宿屋では私を中学の教師とでも思ったらしい[#「思ったらしい」はママ]、三人の学生が随いて来たものだから。
 函館には用もなしするから、私はその日の内にも目的地へ行かうと思つて、A君等が帰つてしまつた後で、番頭を呼んで当別行の船を訊いて見ると、その船は、もう出てしまつた後で、翌朝でなくては乗れないといふことであつた。男子の修道院へ行くには、函館から更に当別行の汽船に乗ると都合がよいのであつた。
 それでは明日の朝その船の出るまで待たねばならぬ。それにしても、此暑い午後を、たゞ一人宿屋の二階で送るのは、たまらないと思つてゐると、A君から電話がかゝつて来た。「参上しますが」と言ふ、「お出で下さい」と言つて切つた。此時思ひ付いたのは、湯の川の天使園である。あゝ彼処へ行つて来よう、晩までには帰れるであらうと思つた。そしてA君の来るのを待つて一緒に出かけた。
 天使園といふのは、女子の修道院である。ローマ、カトリツク教を奉ずるトラピスト修女院である。トラピスト(“Trappists”)といふ語は一つの修道会の名になつてゐる。元は仏蘭西のトラツプといふ地名から来た名だ。本修道院は仏蘭西にある。多くの修道会が在る中でもこのトラピスト会は最も厳粛な方で、トラピストの修道院は世界の幾多の国に建てられてゐる。東方では…

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