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貸借
たいしゃく
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆 別巻12 古書」 作品社
1992(平成4)年2月25日
入力者大久保ゆう
校正者noriko saito
公開 / 更新2018-08-23 / 2018-08-26
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 如何なる富豪が、どれだけの金を費したにしても、自分の欲しい書物を悉く所有することは出来ない。資力に恵まれぬのを原則とする一般の読書子に在つては猶更の話である。書物の貸借は必然の結果として生ずる。それに伴つて又いろ/\な問題も起つて来る。
 藤原惺窩の時代は兵戈戦乱が全くをさまらず、学を講ずる者も乏しかつたが、書物の入手も至つて困難であつた。「十八史略」を角倉与市に借りて繕写したといふ一事を見ても、その程度は察せられる。弟子の林道春が「図書編」を買つたと聞いて、再三手紙で頼んだけれども、道春は左様な事はありませんと偽つて、たうとう惺窩に貸さなかつたといふ話もある。貸与を吝んだ理由はいづれに在つたにせよ、師弟の間で[#挿絵]をついてまで貸さぬといふのは、あまり愉快な逸話ではない。
 新井白石は、すべて蔵書は門外に出さない、見たいといふ人には座舗を貸し、朝夕の麁飯をふるまつて、そこで見せる。若し写したい人といふ人があれば、やはりさうして写させる。この事は自分が古今の例に鑑みて、所存あるが為である、と云つてゐる。書物を読む者は必ずしも大人君子ばかりではない。殊に書物を好む者の中には、異常な愛著心を持合せてゐる人があるから、貸借の間に多少の間違無きを保しがたい。門外不出といふ鉄則は、慥にこの間違を最小限度に食止める方法である。
 加藤清正が深夜厠に在つて庄林隼人介を呼び、その家来の若者に褒美を与ふべきことを命ずる話がある。その時清正の云つた、人の死生、世の治乱、身の盛衰、天地の変は測りがたい、かう思つてゐるうちに我死するか、汝死するか、彼死するかすれば、一人欠けても折角の志は無になつてしまふ、それが残念だから、深更ながら汝を呼寄せたのだ、といふ言葉は如何にも武人らしい心がけを示したものであるが、又移して諸般のものの上に及ぼすことが出来る。書物の貸借なども、さう考へて来ると軽々に行へぬ道理である。仮に寸毫の悪意が無く、無常の風に誘はれるやうなことが無いにしろ、何か一身上に急激な変化が起れば、書物の如きは下積になり易い。そんな事情の下に行方不明になつた書物は、古来いくらもありはせぬかと思ふ。
 珍書、稀覯書の類ならば、貸借者共に取扱ひが慎重になる。最も気軽に貸借し得る活字本に至つては、紛失する率が極めて多い。さういふ書物を人に貸して、未だ曾て貸しなくしたことが無いとすれば、生れてから一度も銭を落したことが無いと同じやうな、幸福な人であらう。
 書物の貸借に関する子規居士の意見はかうである。
世の蔵書家はどうかすると本を人に貸す事を嫌ふ者にて如何にもそれが心鄙しく感ぜられ候故、自分は「金と本とは貸すべき事」といふ掟を拵へ置候処、金は貸す金も無いが少しばかりの金貸したところで少し不自由を感ずる位で相すみ候へど、さて本を貸したのは非常の苦痛を感ずる場合屡々有之候。本といふもの…

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