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丘の上の家
おかのうえのいえ
作品ID58938
副題
しょう
著者田山 花袋
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆 別巻3 珈琲」 作品社
1991(平成3)年5月25日
入力者大久保ゆう
校正者noriko saito
公開 / 更新2018-08-30 / 2018-07-27
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 それは十一月の末であつた。東京の近郊によく見る小春日和で、菊などが田舎の垣に美しく咲いてゐた。太田玉茗君と一緒に湖処子君を道玄坂のばれん屋といふ旅舎に訪ねると、生憎不在で、帰りのほどもわからないといふ。『帰らうか』と言つたが、『構ふことはない。國木田君を訪ねて見ようぢやないか。何でもこの近所ださうだ。湖処子君から話してある筈だから、満更知らぬこともあるまい。』かう言つて私は先に立つた。玉茗君も賛成した。
 渋谷の通を野に出ると、駒場に通ずる大きな路が楢林について曲つてゐて、向うに野川のうねうねと田圃の中を流れてゐるのが見え、その此方の下流には、水車がかゝつて頻りに動いてゐるのが見えた。地平線は鮮やかに晴れて、武蔵野に特有な林を持つた低い丘がそれからそれへと続いて眺められた。私達は水車の傍の土橋を渡つて、茶畑や大根畑に添つて歩いた。
『此処等に國木田つて言ふ家はありませんかね。』
 かう二三度私達は訊いた。
『何をしてゐる人です?』
『たしか一人で住んでゐるだらうと思ふんだが……。』
『書生さんですね。』
『え。』
『ぢや、あそこだ。牛乳屋の向うの丘の上にある小さな家だ。』
 かう言つてある人は教へた。
 少し行くと、果して牛の五六頭ごろごろしてゐる牛乳屋があつた。『あゝ、あそこだ、あの家だ!』かう言つた私は、紅葉や栽込みの斜坂の上にチラチラしてゐる向うに、一軒小さな家が秋の午後の日影を受けて、ぽつねんと立つてゐるのを認めた。
 又少し行くと、路に面して小さな門があつて、斜坂の下に別に一軒また小さな家がある。『此処だらうと思ふがな。』かう言つて私達は入つて行つたが、先づその下の小さな家の前に行くと、其処に二十五六の髪を乱した上さんがゐて、『國木田さん、國木田さんはあそこだ!』かう言つて夕日の明るい丘の上の家を指した。
 路はだらだらと細くその丘の上へと登つて行つてゐた。斜草地、目もさめるやうな紅葉、畠の黒い土にくつきりと鮮かな菊の一叢二叢、青々とした菜畠――ふと丘の上の家の前に、若い上品な色の白い痩削な青年がぢつと此方を見て立つてゐるのを私達は認めた。
『國木田君は此方ですか。』
『僕が國木田。』
 此方の姓を言ふと、兼ねて聞いて知つてゐるので、『よく来て呉れた。珍客だ。』と喜んで迎へて呉れた。かれも秋の日を人懐しく思つてゐたのであつた。
『湖処子君ゐませんでしたか。何処へ行つたかな先生、今日はゐる筈だがな……。又、妹でも恋しくなつて帰つて行つたかも知れない。』若い私達には一種共通の処があつて、一面識でも十年も前から交際でもしてゐる人のやうに、心に奥底もなく、君、僕で自由に話した。
『好い処ですね、君。』
『好いでせう。丘の上の家――実際吾々詩を好む青年には持つてこいでせう。山路君がさがして呉れたんですが、かうして一人で住んでゐるのは、理想的ですよ。来る友達…

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