えあ草紙・青空図書館 - 作品カード

作品カード検索("探偵小説"、"魯山人 雑煮"…)

秋の第一日
あきのだいいちにち
著者窪田 空穂
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆19 秋」 作品社
1984(昭和59)年5月25日
入力者大久保ゆう
校正者noriko saito
公開 / 更新2019-06-08 / 2019-05-28
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
えあ草紙で読む
▲ PC/スマホ/タブレット対応 ▲

find 朗読を検索

本の感想を書き込もう web本棚サービスブクログ作品レビュー

find Kindle 楽天Kobo Playブックス

青空文庫の図書カードを開く

find えあ草紙・青空図書館に戻る

amazon.co.jp

本文より

 土用は過ぎたが、盛夏の力は少しも衰へずに居る。直射する日光、白くかがやく雲の峯、上から圧しるやうに迫つて来る暑気、地の上のすべての物は、反抗する力も、脱れて行く法もなく、恣に振舞ふ威力の前に、ただ頸垂れて、悸いて居るだけである。日中は軽やかに声を立てる者も無い。何所を見ても、擾乱し困憊してゐて、その中に、一脈の静寂の気も漂つて居るのが感じられる。
 さういふ日、午後、思ひ懸けずも夕立が来た。久しく雨が絶えて、もう雨とも思はなかつた時、珍しくも来たのであつた。夕立は、執ねく残つてゐる暑気を脅かさうとでもするやう、突と襲つて来て、慌しく去つて行つた。あらゆる物は甦つたやうに生々とした色となつた。雨を含んだ風は、そよそよと何時までも吹いた。
 夕方、点燈前、私は外から自分の家へ帰つて来た。例のやう縁に立つて、狭い庭、垣の外の空地、崖で境してゐる前の家、後の家と、見るともなく眼を漂はした。と私は、見馴れて居るこの山の手の一角の場所の中に、何時もとは甚くも違つた何物かがあるやうに思つた。
 其れは雨に霑つた木立でも、土の色でも、多少の涼しさでも無かつた。何時も今頃は起つてゐる、此一角の場所に限られた賑やかな楽しい声が、今日に限つてふつつりと絶えて、不思議な位静まり返つてゐる事であつた。

 夏が来て、家々の障子が残らず取りはづされると同時に、此所には夕方から、此れまでに聞かなかつた新しい声が聞え出した。
 日中はひつそりとして過ぎて居るが、夕方、日脚が傾いて、家の一方に蔭が出来、此所の木立に集つてゐる蝉の声が止んで、代りに蜩のカナカナと短く迫つた声が聞え始めると、それを相図のやう、ひつそりした家々から、それぞれの声が殆ど同時に起つて来る。
 第一に起るのは、前の家のヴイオリンの声であつた。其家は一段高く、若い音楽家が住んで居て、夕方になると、必ず日課のやうにヴイオリンを弾き出す、鋭く、そして胸をそそるやうな抑揚する声は、高い地盤から起つて、この一角の空気の中に漂つた。重々しい感じのする夏の夕暮と其音とは一種の調和を保つて、誰も何等かの感じが無くては聞かれなかつた。
 ヴイオリンの音の起る頃には、謡をうたふ声も聞えて来た。それは崖の下に当つて三、四軒並んで立つてゐる一番端の家からで、高い樫の木立で囲まれた二階家である。華族だとか聞いた。声は老人かと思はれる太い寂びた声で、安達ヶ原とか言ふのの一節を、くり返しくり返し謡ふのであつた。旅僧が野に行き暮れた述懐は、誰も復かと思つて聞いた。そして其前の文句も暗で覚えてしまふ位であつた。
 その家には、客が来ると、文科大学が文科大学がと、其れだけ際立つて高声で言ふ若い人が居る。その人もをりをり、老人に随いて謡をうたつた。直されては同じ所を幾度もくり返した。丁度に謡へないので、何方も笑つては止めてしまふのが例であつた。
 その隣、…

えあ草紙で読む

find えあ草紙・青空図書館に戻る

© 2019 Sato Kazuhiko