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思ひ出づるまゝに
おもいいずるままに
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「梶井基次郎全集 別巻」 筑摩書房
2000(平成12)年9月25日
初出「嶽水會雜誌 第百参拾貳號」第三高等學校文藝部、1939(昭和14)年11月25日
入力者大久保ゆう
校正者富田晶子
公開 / 更新2018-01-01 / 2018-01-01
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 三高時代の思ひ出といつたものは実に際限のないものであつて、どれをとつてみようにもとる標準が見当らぬ始末である。心に触れた友達、先生、先輩等……その一人を語るにしても大したことである。況やそれらの人達と結びついた出来事をも語るに於てをや。
 僕の三高時代(大正十年から十四年迄)は欧洲大戦の後の景気が徐々に退散し始めた頃であつて、僕達青年の心の底にも稍[#挿絵]憂鬱の蔭が萌し、幾許くかのデカダンスが巣喰ひ始めた時であつた。しかしまだ/\名残りの日の光はさし込んでゐた時であつて、華かさは残つてゐた。晩春といひたいところである。僕達は出来るだけ暗い気持にならないやうに、人工的にさへ努めて青春を味はふことに懸命になつた。漠然と思ひ出を辿ると、僕達は実に馬鹿気た楽しみを尽し、恥しいやうな勉強をしたやうに思ふ。しかし今日からみれば、それら総ての稚気も若さも実に愉しい、ほがらかな、のどかな春の思ひ出である。学校では先生を野次つて面白がつたり、怠けることを誇つたり、授業中窓から飛び出してエスケープすることを自慢したり、放課後はカフエ菊水とか江戸カフエとかノーエンとかで、らちもない片恋をしたり、勿体振つてむづかしい読書に打込んだり、文章を書いたり。しかもこれらを青年の真剣さで、恥ぢるところもなくやつてのけたのである。僕は死んだ酒井榮助を思ひ出す。僕と酒井とは毎日のやうに菊水に行つた。酒井に彼の片恋の女を見せてやるために。寮にゐた酒井からは毎日のやうに僕に手紙が来た。今三十幾通残つてゐる。酒井は才能のある若者であつたが、馬鹿がたゝつて一年の間に死んでしまつた。また僕たちは「丘」といふ回覧雑誌を出してゐた。保江保藏もこれに小説を書いた一人だ。何をやるにも僕達は真面目だつた。むだをしてむだを感じたことがなかつた。謂はばアルト・ハイデルベルヒそつくりだつたのだ。人によつてはさうした若さを追憶して嫌悪する賢明さも持つてゐようが、僕にとつては全く楽しさに充溢した日々である。今更ら何をどうしてよいか分らないが、今若し再びそれが許されるなら、もう一度三高生になつて、この日の愚行を繰返したいと思ふ。僅か三年で正常に学校を去つたことが後悔される。
 三高時代の三高の思ひ出はむしろとりとめないが、東京に出てからの三高は、今でも生々と僕の中に残つてゐる。残つてゐるといふ位ではない。生きてゐる。それは成長し、僕の死の日迄大きくなつて行くだらう。それは僕が東京で三高卒業生ばかりで出してゐた同人雑誌「青空」の同人になつたからである。梶井基次郎がゐた。中谷孝雄、外村繁、忽那吉之助、小林馨がゐた。同期の浅沼喜實、北神正がゐた。詩人の三好達治、北川冬彦、飯島正がゐた。たしか、本誌の百号記念号に梶井が書いてゐたやうに、皆な生真面目な連中であつて、大いに勉強した。嘗ての怠け者共は真剣に人生を考へ、忠実に生活したのだ…

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