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右門捕物帖
うもんとりものちょう |
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作品ID | 590 |
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副題 | 25 卒塔婆を祭った米びつ 25 そとばをまつったこめびつ |
著者 | 佐々木 味津三 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「右門捕物帖(三)」 春陽文庫、春陽堂書店 1982(昭和57)年9月15日 |
入力者 | tatsuki |
校正者 | kazuishi |
公開 / 更新 | 2000-05-23 / 2014-09-17 |
長さの目安 | 約 54 ページ(500字/頁で計算) |
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1
その第二十五番てがらです。
事の起きたのは仲秋上浣。
鳶ノ巣山初陣を自慢の大久保彦左があとにも先にもたった一度詠んだという句に、
「おれまでが朝寝をしたわい月の宿」
という珍奇無双なのがあるそうですが、月に浮かれて夜ふかしをせずとも、この季節ぐらい、まことにどうも宵臥し千両、朝寝万両の寝ごこちがいい時候というものはない。やかまし屋で、癇持ちで、年が年じゅう朝早くからがみがみと人の世話をやいていないことには、どうにも溜飲が起こって胃の心持ちがよくないとまでいわれた彦左の雷おやじですらもが、風流がましく月の宿なぞと負け惜しみをいいながら、ついふらふらと朝寝するくらいですから、人より少々できもよろしく、品もよろしいわが捕物名人が、朝寝もまた胆の修業、風流の一つとばかり、だれに遠慮もいらずしきりと寝ぼうをしたとてあたりまえな話です。
だから、その朝もいい心持ちで総郡内のふっくらしたのにくるまりながら、ひとり寝させておくには少し気のもめる臥床の中で、うつらうつらと快味万両の風流に浸っていると、
「ちぇッ、またこれだ。ほんとに世話がやけるっちゃありゃしねえや。ちょっと目を放すと、もうこれだからな。今ごろまでも寝ていて、なんですかよ。なんですかよ、ね、ちょっと、聞こえねえんですかい。ね、ちょっとてたら!――」
遠鳴りさせながらおかまいなくやって来て、二代め彦左のごとくにたちまちうるさく始めたのは、あのやかましい男でした。
「起きりゃいいんだ、起きりゃいいんだ。ね、ちょっと!――やりきれねえな、毎朝毎朝これなんだからな。見せる相手もねえのに、ひとり者がおつに気どって寝ていたってもしようがねえじゃござんせんか。起きりゃいいんですよ、起きりゃいいんですよ。たいへんなことになったんだから、早く起きなせえよ」
「…………」
「じれってえな。だれに頼まれてそんなに寝るんでしょうね。ね、ちょっと! たいへんですよ。たいへんですよ。途方もねえことになったんだから、ちょっと起きなせえよ」
声に油をかけながらしきりとやかましく鳴りたてたので、不承不承に起き上がりながらひょいと見ながめると、これはまたどうしたことか、ただやかましく起こしに来たと思いのほかに、あの伝六がじつになんともかとも困りきったといった顔つきで、いいようもなくぶかっこうな手つきをしながら、後生大事と赤ん坊をひとり抱いているのです。
「ほほう。珍しいものをかっ払ってきたね。豪儀なことに、目も鼻もちゃんと一人まえについているじゃねえか。どうやら、人間の子のようだな」
「またそれだ。どこまで変なことばかりいうんだろうね。もっと人並みの口ゃきけねえんですかよ。抱いてくださりゃいいんだ。忙しいんだから、早くこいつを受け取っておくんなせえよ」
「起きぬけにそうがんがんいうな。――ああ、ブルブル――ほら、ほら…