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小品四つ
しょうひんよっつ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「中勘助随筆集」 岩波文庫、岩波書店
1985(昭和60)年6月17日
初出「母の死」岩波書店、1935年(昭和10)年4月
入力者呑天
校正者noriko saito
公開 / 更新2019-05-03 / 2019-04-26
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

秋草

 これはもうひと昔もまえの秋のひと夜の思い出である。さっさっと風がたって星が燈し火のように瞬く夜であった。身も世もないほど力を落して帰ろうとするのを美しい人が呼びとめて
「花をきってさしあげましょう」
といいながら花鋏と手燭をもっておりてきた。そして泳ぐような手つきで繁りあった秋草をかきわけ、しろじろとみえる頸筋や手くびのあたりに蝗みたいに飛びつく夜露、またほかげにきろきろと光る蜘蛛の巣をよけて右に左に身を靡かせつつひと足ぬきに植込みのなかへはいってゆくのを、かわってもった手燭をさしだして足もとを照しながらかたみに繁みのなかへ溶けてゆく白い踵の跡をふんでゆけば、虫の音ははたと鳴きやみ、草の茎ははねかえってきてちかと人を打つ。咲きみだれた秋草の波になかば沈んだ丈高い姿ははるかな星の光とほのめくともし火の影に照されて竜女のごとくにみえる。おりおり空から風が吹きおちて火をけそうとすると
「あら」
と大きな目がふりかえってひとしきり鋏の音がやむ。驚かされた蛾は手燭のまわりをきりきりとまわって長い眉をひそめさせる。そんなにして無言のままに紫苑や、虎の尾や、女道花や、みだれさいた秋草の花から花へと歩みをうつしてゆくのを、私は胸いっぱいになって、すべての星宿が天の東からでて西にめぐるよりも貴いことに眺めていた。ここにあるいくすじの細いリボンの、白と、黄と、淡紅と、ところどころに青いしみのあるのはそのおりおりにきって束ねてもらった草の汁である。さりながら私はこのうちのどれがその夜のものであったかをおぼえていない。


小箱

 ここに今はいない妹の手細工のガラスの小箱がある。六枚のすり硝子の合せめをクリーム色のリボンでぴしりとしめあわせたもので、襞飾りがしてある。あんなに美しい指をもちながら兄弟じゅうでの無器用で、常づね私にからかわれて泣き顔をした妹もこればかりは笑われまいと一所懸命こしらえたものか、たいそう手際よくできている。いつものとおりけなしけなしほめてやったらそれでも嬉しそうにちょっと首をかしげたことを思いだす。なかにいれておいたいろいろな貝はいつかいりまじってどれが誰のとも見わけられないのはとりかえしのつかぬ寂しい気がするけれど、いずれも私にやさしく親しい指の拾いあつめたものとおもえばなかなか思いなぐさむところもある。
 ここなる二ひらの帆立貝のひとつは藤紫に白をぼかし、放射状にたてた幾十の帆柱は無数の綺麗な鱗茸をつらねて、今しも迸りいでた曙の光がいろいろの雲の層に遮られたようにみえる。他のものは暗紅に紫黒と海老色の帯をまとって、ところどころ鳥糞ににた白い斑点がついている。これは夕ばえの天の姿である。これらの二つをならべてその蝶つがいをからだとみれば、それはまた二羽の孔雀の競いかに尾羽根をひろげたさまである。美しいかさねをきた子安貝、なないろのさざ波のよる…

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