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おはなし
おはなし
著者夏目 漱石
文字遣い新字新仮名
底本 「21世紀の日本人へ 夏目漱石」 晶文社  
1998(平成10)年12月25日
初出「浅草文庫 第三十一号」東京高等工業学校「文芸部」、1914(大正3)年5月10日
入力者西村おきな
校正者きりんの手紙
公開 / 更新2020-02-09 / 2020-01-24
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 私はこの学校は初めてで――エー来るのは始めてだけれどもご依頼を受けたのは、決して、初めてではありません。
 二三年前、田中さん(田中喜一、東京高等工業学校教授)から頼まれたのです。その頃、頼みに来て下さった方は、もうご卒業なさったでしょう。それ以来、数十回のご依頼を受けましたがみんなおことわりしました。ことわるのは面白いからではなく、止むを得ないからで、この止むを得ない事が、度重なっておきのどくなのでその結果今日やって来ました。言わば根くらべで根がつきて出て来たようなしまつ、面白い話もできかねます。今からとにかく一時間ばかり、話します。それゆえ、題なんかありません。
 私は専門があなた方とは全然ちがっています。こんな機会でなければ、顔を会すことはありませんが、これでも私は工業の部門に属する専門家になろうとした事がありました。私は建築家になろうと思いました。なぜっていうような問題ではない、けれども話のついでに話します。
 まだ小供のとき、財産がなかったので、一人で食わなければならないという事は知っていました。忙がしくなく時間づくめでなくて、飯が食えるという事について非常になやみました。しかし立派な技術を持ってれば変人でも、頑固でも人が頼むだろうと思いました。佐々木東洋という医者があります。この医者が大へんな変人で、患者をまるで玩具か人形のように扱かう愛嬌のない人です。それで、はやらないかといえば不思議なほどはやって門前市をなすありさまです。あんな無愛想な人があれだけはやるのは、やはり技術があるからだと思いました。ゆえに建築家になったら、私も門前市をなすだろうと思いました。高等学校時分の事でした、親友に米山保三郎という人、夭折しましたが、この人が説諭しました。その説諭に曰く、セントポールのような家は我国にははやらない。くだらない家を建てるよりは文学者になれといいました。当人が文学者になれというたのはよほどの自信があったからでしょう。私はそれでふっつりやめました。私の考は金をとって、門前市をなして、頑固で、変人で、というのでしたけれども、米山は私よりは大変えらいような気がした。二人くらべると私がいかにもちっぽけなように思われたので、今までの考を止めました。そして文学者になりました。その結果は――分りません、恐らく死ぬまで分らないでしょう。それでこういう方面に入ったので、あなた方は専門としては、この方面ではないけれども、この会は文芸の会で、ベルグソンなども出るようですからこの事については共通しているようにも思われます。よく講演なんていうと西洋人の名前なんか出てきてききにくい人もあるようですが、私の今日のお話には片仮名の名前なんか一つもでてきません。
 私はかつてある所で頼まれて講演したとき、日本現代の開化という題で話しました。今日は題はない、分らなかったから、拵え…

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