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三度会った巡査
さんどあったじゅんさ
作品ID59021
著者森 律子
文字遣い新字新仮名
底本 「週刊朝日 十月八日号」 朝日新聞社
1950(昭和25)年10月8日
初出「週刊朝日 十月八日号」1950(昭和25)年10月8日
入力者sogo
校正者The Creative CAT
公開 / 更新2019-07-22 / 2019-06-28
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 お話もずつと古くなりますと、かえつて新しく聞かれるものとよく申しますが、これはわたしのうら若い大正二年の春、欧州劇壇視察の目的で渡欧致しました時のことでございます。
 出立に当つては各方面からの御紹介状も沢山頂き、また彼の地では大使館、領事館のお世話になり、万事工合よく引回されて、何事もなく過したような顏をして、帰国後はすつかり取りすましておりました。しかし、実は性来粗忽者のわたくしが、しかも言語の通じない慣れない土地へ参つて無事なはずはなかつたのでございます。したがつて帰国早々には容易に発表の出来ない珍談も、幾多出来したのでありますが、法律にも時效というものがあるように、すでに四十年近くも経過致した今日となりましては、もはや公々然と自白致しても差支えないと存じまして、ここに「生兵法は大怪我の基」という一珍談を発表致します。或る日、ロンドンの郊外近くの某夫人のお宅で私のために催して下さつたお茶の会に参つた時のことでございます。
 私のロンドン生活もはや半年近くにもなりまして、自分としてはいつぱし土地に慣れたつもりでいました。それでソウ/\タクシーばかりにたよるのも不経済でありますので、特にその日はバスで行こうと前々から道順もよくきいておいて、あたかも万事をのみ込んでいる土地ッ子のような顏をしながら、その日如何なる運命が自分を待つかも知らず、颯爽と乗合自動車の乗客の一人となりました。しかし、さてかねて教えられていた場所へ降りて見ますと、その辺りは全く同じような家が建ち並んでいて人通りも殆どなく、如何にも静かな住宅街であつたのでございます。そこでやむを得ず、私はその辺を暫く歩き回つて見ましたが、何やら教えられた話とは趣が違うので暫時思案にふけりました。しかし幸いにも付近の四ツ角に警官が一人立つているのを見出しましたので、早速その巡査に問合せて見ようと近付いて行きました。
 元来ロンドンの警官は皆様も御承知の通り、身の丈け六フィート以上でなければ採用しないとかいう規則のために同じ背の高い英国人の中でも一と際目立つた大兵肥満の体格の持主ばかりで、その前に立つた日本娘のわたしの顏は、ちようどその警官のお臍位の高さに当ります。まるで子供が仁王様の前に立つたような有様になります。あたかも天を仰ぐような恰好で、よせばよいのに自分だけは流暢な英語のつもりで目指す場所をきいて見ました。
 しかしこれがそも/\「生兵法大怪我の基」となつたのでございます。すると制服に身をかためていたその仁王様は、ちようど小人島の人間でも見たように厳格な顏をほころばして、わたしの質問をきいていましたが、幸か不幸かわたしの話が幾分かでも判つたと見えて、何か叮嚀親切に道順を教えて呉れました。
 如何にもよく判つたつもりの私は「サンキュー」の一言をあとに、言われたままに右に折れ、真ッ直ぐに何町、また左へ…

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