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蜜柑の皮
みかんのかわ
作品ID59040
著者尾崎 士郎
文字遣い新字新仮名
底本 「尾崎士郎短篇集」 岩波文庫、岩波書店
2016(平成28)年4月15日
初出「中央公論」中央公論社、1934(昭和9)年4月
入力者入江幹夫
校正者フクポー
公開 / 更新2023-02-19 / 2023-02-10
長さの目安約 23 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 わざわざおいで下さいましてお目にかかるのは始めてのように思いましたが、こうやってはなしをしているうちにだんだんおもいだしてまいりました。ふしぎなものですね。今夜はすっかりわすれていたあのときのありさまがわくようにおもいだされます。ぼうっとあのときの人びとの顔までも見えるようで――何と申しますか、わたくしも四年前に家内に先立たれ、こういうさびしいひとりぐらしをしておりますと雨のしみとおる壁までもすぎ去った日のかげのように、もうしっかり自分と結びついてしまうものでございます。それにつけても、あのときのことだけはどなたさまにもはなすまいとこころにちかい、あのようなおそろしいものを見たおのれの業苦のほろびてゆくのをいまだに祈りつづけている今日このごろでございますが、わたくしも教誨師をやめてからいつのまにか二十余年もすぎていることを考えますと今までまもりとおした秘密をおはなし申上げたところで格別身に禍のふりかかるおかたもあるまいとぞんじ何もかも申上げます。さてながいあいだ心の底にかくしてしまったはなしであります故、どこからさきにはなしてよいやら、いざとなると何もかも嘘のような感じもいたし、こんな生活が若いころの自分にあったのかということさえも疑わしくなるほどでございます。わたくしは唯、この眼で見ただけのことを申上げるだけで、ことばの裏に何の判断のある筈もございません。やっぱりそんなはなしをしながら最初におもいだすのは岸本柳亭のことでございます。わすれもいたしませぬ。死刑執行の二日前、監房をおとずれたわたくしに向い、柳亭はだしぬけに「いよいよ駄目ですね?」と念を押すように申しました。覚悟はきめていながらもさすがにあきらめきれぬ気もちがあったものと思われます。一月十八日で、雨が降ったりやんだりする寒い日であったとおぼえています。そのとき、わたくしは何と答えたか自分のことばを今はっきりおもいだせませぬが、だまってあの男の顔を見ているうちにひとりでに涙ぐんでまいりました。あの男のさびしい声だけがふかく耳に残ってその晩はどうしても眠ることができなかったのです。柳亭はひくい声で、――そう言えばあの男の声はどんなときにもかすれるように静かで心のみだれというものを少しも残していなかったように思います。そのとき、あの男は、自分が刑の執行をうけるのは事件の性質上やむを得ないと思うが、唯、気の毒なのはわれわれと共に死んでゆく人たちの身の上だ。あのひとたちの中には親のあるものもあるし、妻子のある人たちもある、今更何というたところで仕方もあるまいが、ということを何べんもくりかえしくりかえし申しましたが、わたくしが、
「お気の毒でございます」
 と申しますと、あの男は窓のそとへちらりと眼をそらして、「ハ、ハ、ハ、ハ」とうつろな声で笑いだしてから、
「先ず同じ船に乗り合せてもらったと思うよりほか…

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