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井戸
いど
著者
翻訳者森 郁夫
文字遣い新字新仮名
底本 「別冊宝石一〇八号=世界怪談傑作集〈第一四巻第五号〉」 宝石社
1961(昭和36)年10月15日
入力者sogo
校正者The Creative CAT
公開 / 更新2018-09-08 / 2018-09-02
長さの目安約 25 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

[#挿絵]

 古い田舎の邸の撞球室で、二人の男が立ち話をしていた。気合の入らなかった玉突きは終って、二人はひらかれた窓ぎわに腰をおろし、窓の下からひろがっている庭園を眺めながら、けだるそうに話しあった。
「君ももう、いよいよだな、ジェム」とうとう、一人が言った。「今度は六週間あくびしながら蜜月をすごして、客を招いた男を――いや、女をというつもりだったが――さぞかし呪うだろうな」
 ジェム・ベンスンは椅子に腰かけたまま長い手足をのばして、なにやらぶつぶつ異議をとなえた。
「てんで理解できないね」ウィルフレッド・カーは、あくびしてつづけた。「僕の性には合わないな。僕なんざ、一人でいたって二人でいたって、生活に必要なお金をついぞ持ったことがない。もし君かクリーサス(大冨豪の代名詞)くらい金持だったら、見方も違っていたかもしれないが」
 その言葉の終りの方には、彼のいとこが返事をさし控えるような或る意味があった。いとこは窓の外をみつめたままで、ゆっくり葉巻をふかしつづけた。
「クリーサスみたいに――また、君みたいに金持ではないけれども」ミスタ・カーは目をほそめて窺うように見ながら、また話しだした。「僕は僕なりに、自分のカヌーに乗って“時”の流れを漕ぎくだりながら、友だちの家の側柱にカヌーをつないでは、中へはいって食事の御相伴にあずかって暮しているよ」
「まったくヴェネチヤふうだね」まだ窓の外を眺めながら、ジェム・ベンスンは言った。「君には、まんざらでもないことだろうな、ウィルフレッド。カヌーをつなぐ側柱があり、食事があり――そして、友だちがあるというのは」
 今度はミスタ・カーが、ぶつぶつ言った。「しかし真面目に言ってだよ、ジェム」彼は、ゆっくり言った。「君は幸せなやつだよ、とても幸せなやつだ。オリーヴよりもいい娘がこの世にいるのなら、一遍お目にかかってみたいもんだ」
「うん」もう一人の方は、静かに言った。
「彼女はたぐい稀な娘だよ」カーは窓の外をみつめながら、つづけた。「あれほど善良で、優しい娘はいないね。彼女は君を、ありとあらゆる美徳をかねそなえた男だと思ってるよ」
 彼はあけっぴろげに、いかにも愉しそうに笑ったが、相手は調子にのってこなかった。
「とはいうものの、善悪のけじめははっきりつける娘だ」カーはもの思いにふけるようにつづけた。「ねえ君、もしも彼女がだよ、君がそういう人間でないと知ったら――」
「そういう人間でないと?」ベンスンは、あらあらしく向きなおって、「そういう人間でないとは、なんだ?」
「君という人間の、すべてがだよ」いとこは言葉とうらはらに、にやりと笑ってやり返した。「きっと彼女は、君を捨てるだろうと思うな」
「なにかほかの話をしたまえ」ベンスンはゆっくり言った。「君の冗談は、いつも趣味がいいとはいえないよ」
 ウィルフレッド・カーは立ちあが…

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